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10月22日(日)

「つまり、二人の出会いは君がキッカケなんだ」
 沙綾さんは、私と哲朗さんを指で差しながら言った。哲朗さんはキョトンとした表情で私の方を見るけど、私も詳しいことは知らない。お誕生日席っぽいところに座っている晃兄に視線を送る。
 彼は私の視線をスルーして、沙綾さんの言葉に「ま、そういうこと」と答えた。
「御膳立てから先は、本人たちのアレだけど」
「でも、それがこうなってるんだから、大したもんよ」
 晃兄は自慢げに「まあね〜」と鼻を膨らませた。沙綾さんは仕切りに、凄いだの、偉いだのと彼を持ち上げる。この間まで「距離感が分からない」と悩んで周りに相談までしていた割に、凄まじい馴染みっぷり。
 もしかして、一兄と哲朗さんにわざわざ時間を合わせてもらってまで、こういう会を開かなくても良かったりする? 私が沙綾さんの隣に座る一兄に視線を送ると、彼は小首を傾げた。隣の哲朗さんも、何となく居心地が悪そうにビールジョッキを傾けている。
 完全に蚊帳の外の我々を他所に、沙綾さんと晃兄は意気投合して、二人で仲良く喋っている。一々聞き耳を立てて話を聞くのも面倒臭くなってきちゃった。彼女らには聞こえないよう、声を抑えて「なんか、ごめんね」と哲朗さんに言った。
「別に良いよ。兄弟の集まりに混ぜてもらって光栄だよ」
 彼はそう言いながら、私に微笑んでくれた。一兄にも「忙しいのにごめんね」とヒソヒソ言うと、「良いって。気にするな」と答えてくれた。
「オレより、二人の方が忙しそうじゃないか」
 一兄の言葉に、哲朗さんは苦笑いを浮かべながら、「まぁ、おかげさまで」と答える。
「ヒートアップしちゃった先生の特訓は、その後どうなんだ?」
「全然終わらない。お陰でバイトとか全然行けてなくて」
 隙あらば課題を詰め込んでくるお陰で、写真屋のバイトどころか、Mサイズのオフィスにすら中々顔を出せていない。船木さんからは、「暇ができたら、いつでもおいで」とは言ってもらえてるけど、流石にそろそろヤバい気がする。
 実践的なテクニック、スキルを中心に鍛えてもらって入るものの、現場や実践で試してみないと血肉にならないところもある。その辺りの相談も、近々先生とやらなきゃな。
「アレ、じゃあ二人が顔を合わせるのはいつ振り?」
「チラッと顔を合わせてはいますけど......」
 哲朗さんが上を見ながら記憶を辿っている。Mサイズのオフィスに出入りはしているから顔は合わせているけど、こうやって落ち着いて食事をするのは、後期の授業が始まって以来かもしれない。
「なんだかんだで、晃と沙綾に感謝だな」
 一兄の視線は、勝手に盛り上がっている二人の方へ向けられる。哲朗さんは納得した様子で「そうですね」と頷いた。私は微塵も納得できていない。
「お待たせしました。涙巻きで〜す」
 店員さんが、刻みワサビがたっぷり乗った細巻きを運んできた。盛り上がっていた二人も動きを止め、運ばれてきたお皿に目をやった。
「え、何それ」
 晃兄が呟いた。私が「涙巻きだけど」と答えると、沙綾さんが「みぃちゃん、それ食べんの?」とちょっぴり引いた様子で言った。
「流石にそれは、ちょっと減らした方がいいんじゃないか?」
 一兄まで、上に乗ったワサビを箸で落とせと合図する。そこまでやられると、このままかぶりつきたくなる。思い切って、一つ口に入れた。強烈な刺激が鼻を駆け抜けていくーー。

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