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束の間のクリスマス

https://m.youtube.com/watch?v=c-teHnwtmUI

昼飯を終えた作業員が束の間の休憩時間で午後の作業のために眠る静かな工場の中で唯一起きているライトがメインステージを煌びやかに彩る

エレファントカシマシの宮本さんが歩いてくる

さ〜いれんな〜い ほ〜り〜な〜い
お〜いずか〜む お〜いずぶらい〜



俺は怒られた。
長年やっている作業の中で重大なミスを犯した。
ひとつの車が解体となり、世界のどこかで待っている場所に届くことが俺のせいで阻まれた。

俺はかっこいい男になる、と適当な理由を決めて高校卒業後、地元の工場で働き始めた。
あの時、玲子が
「亮はなにかやりたいことないの?」
と聞いてきたから、中高でバスケしかやってこなかった俺は返答に窮し咄嗟に出した言葉がそれだった。

玲子の気持ちは正直全くわからなかった。
あしかがフラワーパークよりも渋谷の青の洞窟が良いとごねて喧嘩した2016年のクリスマス。
本物を見る、と言って、何をやるのか決めず、その気持ちだけで東京に行って、2年後に友達に雑誌に載っている一段と垢抜けて綺麗になった玲子を見せられたときは驚いた。

あの時からの時間を玲子は俺の数倍早く生きているような気がする。

俺は今でもあの時の時計が止まったかのように、あてもない考えをめぐり返しては、単純作業の中に埋れていく日々を生きていくのだろうか。



ら〜んどよんば〜じん ま〜ざえんちゃ〜い
ほ〜りいんふぇんそ〜 てんだ〜あんま〜い

赤黄青緑オレンジのライトがチカチカと光る
静寂の中でいつでも襲いかかれるように
無機質な空間で息を潜めるように
それぞれの個性をこれでもかと発揮しながら



スーパー定退日の今日もしっかり残業をし、渋滞の中を家路に着く。
朝4時起きの身体に睡魔が襲いかかり、危険を察知して、コンビニに駆け込みコーヒーを買う。

サンタの格好をした店員さんが身体をブラブル震わせながら、店前でケーキを売っていた。
よく見ると、中に苺はなく、頭の苺ひとつが堂々と乗った紅一点のショートケーキだった。

イチゴの値段が高くなっちゃったせいでね〜
こんな見た目ですが味はしっかりしてますからどうでしょうか〜

何回も言ったであろうセリフをしっかりと心を込めて伝えてくれる店員さんは寒空の中、誇りを持って仕事をしていた。

コンビニを出ると渋滞は嘘のように晴れ渡り、まだあたたかさが残る缶コーヒーとコンビニ袋に入ったケーキの箱を持ち、アパートの階段を上がる。

急いでテレビをつけ、チャンネルを回し、各局のCMを食い入るように見るが、宮本さんを見つけることはできなかった。



すり〜ぴん へ〜ぶりん ぴ〜す
すり〜ぴん へ〜ぶりん ぴ〜す

憂鬱な気分の中、緑が黒に変色した工場の硬い床の上で仮眠した俺が見たのは現実のような夢だった。



「昨日と同じ今日はないように
明日も俺は俺の道を歩いていく。」

今の俺が玲子に返事をするのなら、このくらいかな、と格好つけながら、ぬるくなったコーヒーを飲む。

俺のメリークリスマスは今日の失敗も過去の苦味も人肌の温もりが乗ったショートケーキの甘さに溶けていったような気がする。

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