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【読書日記】1/27 そこにある鉛筆。 「そこに工場があるかぎり/小川洋子」

そこに工場があるかぎり
小川洋子 (著者) 集英社

 先日、「もえぎ草紙/久保田香里(著)」(1/20 読書日記)を読んで思い出したのが本書でした。
人々の暮らしの基盤を支える工業の現場、工場を小川洋子さんが見学に行くエッセイです。ポッキー、競技用ボート、サンポカー(子供たちが複数乗っているリヤカーみたいなもの)、鉛筆…
 とても身近で、どうやって作っているかなど意識したこともないものの工場。
 あとがきによると「目立たない場所であっても、派手さはなくても、地道にものづくりに取り組んでいる。どんなに時代が変化しようとも人間にとって変わらず必要なものを作り続けている」工場を選んだとのこと。

 工場、機械、などという単語から連想するのは無機質性や硬質さなのですが、小川さんが紡ぐ言葉には温度と湿度があって、工場とそこで働く人々、技術に対する敬意と愛情が感じられます。
 改めて「ものづくり」ということの意味を考えさせられました。
 伝統工芸などのいわゆる匠の技の凄さには気が付きやすいですが、日常に普通のお店で普通に何気なく買える製品に込められた技術の凄さは見過ごしがちです。
 量販店で比較的安価で買えるもののありがたみを忘れがちだということ。
 優れた品物をだれでもいつでも手に入れることができる、本当はそれってものすごいことなのだということに気付かされる本です。

 あとがきでコロナ禍の影響について触れていましたが、いわゆる町工場を取り巻く環境は原材料や燃料費の高騰、働き手の不足、後継者不足など多くの課題を抱えています。
 個々の工夫と努力で乗り越えられることには限度があって、それこそ「異次元のものづくり支援策」を講じないと、今私たちが享受している当たり前の暮らしは継続できないと危惧しています。
 今の消費社会が当たり前と思っている方がおかしい、そのことこそ見直すべき、という視点もあるかもしれませんが、単純に、努力と叡智で培ってきた技術が失われてしまったらもったいないです。

 さて、本書で取り上げられている「物」はどれも素晴らしいのですが、私は、「鉛筆」の章が一番好きです。
 本書で紹介されているのは、北星鉛筆さん。http://kitaboshi.co.jp/
 子供の頃から身近な鉛筆なのに知らないことだらけという驚きもさることながら、鉛筆の意義を教えられました。
『(鉛筆は)減った分だけ、何かを生み出しているんですよ。子どもたちが勉強をして、夢をかなえてゆく。それを担っているのですから、鉛筆は素晴らしいなと思います。』という経営者の言葉、小川さんの『漢字の練習をする、算数の計算をする、英文を書き写す、デッサンをする、文章を書く。人々にさまざまな可能性を与えながら自らは消え去っていく』として「生まれて初めて字を覚えるため、一年生たちは小さな手で鉛筆を握るでしょう。その手にあるのは単なる鉛筆ではなく、無限の未来なのです」という言葉。
 思わず涙があふれてきました。
 親として子供の成長を願う気持ちを、子供の夢のために身を削って消えていく鉛筆に投影してしまったようです。

 それはさておき、私もいつの間にか鉛筆からシャープペンシル、ボールペン、時々背伸びして万年筆、となって鉛筆にはすっかりご無沙汰していたのですが、本書を読み終わった後、早速、北星鉛筆さんの「大人の鉛筆」を買いに行きました。
 そのやさしい書き心地が思った以上に快く愛用しています。肩こりも軽減されるようです。
 仕事にも使っているのですが、鉛筆が自分の身を削ってくれているのだから、私もちょっとは人様の役に立てるよう頑張ろう、そう思えるのです。