(戯曲) リズム三兄妹

人物
リズム三兄妹(利頭武、姉、夢子)
ショウコ
俳優の坂田

巣恋歌
舞台
フラットなものを想定している。トイレやシャワーなども出てくるが、どういう装置あるいは表現にするかは、演出による。


第一場

俳優出て来る。

俳優 俳優の坂田です。いまからソファの演技させていただきます。

沈黙。
しばらくして、姉、出てきて用意する。

 あ、リズム三兄妹の真ん中の姉です。いまちょっと準備してます。

準備し終わる。
部屋である。姉は、他の兄妹と離れて暮らしている。
部屋の中央には体にフィットするソファがあり、そこにかかる形でだらしなく、身を投げ出している。しかしながら身体は非常に固い身体をしていて、石のようである。移動の際も岩が動くようなイメージで推移する。このシーンは、姉、女ともそのような形を目指す。とにかく姉は、石のように固いイメージでぼーっとかろうじてソファにかかるかたちでぼーっとしている。


第一場では、姉と女の役の俳優は、以下のことに留意する。

・ 部屋の中にいるときは、基本的に固い身体でいること。
・ 姉と女の関係はマンネリしていて雰囲気はよくない。気の合わない他人同士が同じ家にいるような状態がしばらく続いており、非常に居心地が悪く、ストレスフルなものである。よって、ふたりでいるとき、あるいはどちらかを意識して待っているとき、身体は常に緊張状態である。

・ ただし、心からリラックスするような場面でのみ、リラックスした身体、すなわち日常の状態の身体でいることができる。
・具体的には、トイレの密室において、緊張状態は揺らぐ。トイレでは用を足そうと気張っていたとしても、身体は緊張から解放された状態でいる。ただし、シャワー室のように容易に相手が侵害できる空間は、最低限の緊張を持って居なければならない。
・ ふたりはレズビアンである。

なお、固い身体とは、以下のような身体のことを指す。

・ 緊張した身体
・ 強い身体(力を十分に発揮するための身体)
・ そのほか日常のリラックスした身体とは一線を画す身体

ただし、その身体から発せられる言葉は必ずしも身体と一致する必要はない。厳密に言えば一致するが、言葉とは状況に応じて、身体のフィルターを通ったあと、人間関係、時と場所などの要素を適宜考慮した結果出るものであるからである。


姉は、ぼーっとしているが、前述のようにリラックスしているわけではない。むしろ女の帰りを意識の外に追いやれない。ちょっとした物音にもびくついたり警戒したりする。耳をそばだてている。
警戒の中、姉は気を紛らわせるために水を飲む。そして、そんな物音ひとつにいちいちびくつかないように、音楽をかけることを決意する。警戒しようが何をしようが女はどの道帰ってくる。
問題は、いつ、どのように帰ってくるかである。というのも女の精神状態は、職場での一日に左右され、日によっては饒舌のとき(それでも会話は少ないが)もあれば、寝室にこもりすぐに寝入ってしまうこともあるのだった。というようなことを姉は考えている。
重要なのは、姉の気分がいいときは、女の機嫌は悪く、女の機嫌がいいときは姉の機嫌は悪い、という事態がしばしば起こり、それによって、機嫌のいいものは相手の機嫌の悪さのせいで、やはり機嫌を損ねてしまう、という悪循環を繰り返している、ということだ。
もちろん、その機嫌の悪さはけっしてケンカや言い争いによって引き起こされたわけではないので、おたがい表面上はうまくいっているように見え、そしておたがいが同じ空間にいることを許容する、いや否定できない状態を作りあげることに成功している。

姉は、まだぼーっとしている。そんなことを考えていたら、音楽をかける動作の途中で、膠着してしまったようだ。
いけないいけない、とそんな自分を省みるとき、ここで初めて、緊張の糸が緩む。
しかしそれもつかの間で、自分でかけた音楽の音量の大きさに姉はびっくりし、非常に強い緊張を生む。姉の息は、ショッキングな情景に遭遇したときのように荒くなっている。
姉は、緊張を押さえ込むように身体をなるべく小さくするよう努める。だが、緊張はほぐれるわけではないので、意識は外にも向けていなければならない。すなわち顔を下げない。格闘技をしているときのようにしっかりと前を見据えているほうがしっくりとくる。顔を下げるのは一瞬だけでいいのだ。
いまは夜。やつがいよいよ帰ってくる時間が近づいている。それにつけても今日、いつもよりも強く身体を膠着させてしまうのは、今日が週末であるからだ。ふたりは表面上、仲睦まじく暮らしているので、当然週末は一緒に過ごさなくてはならないのだ。
どちらも望んでいないのにも関わらず、気まずさに負け、どちらからか出かけたり食事をしたりする予定を提案してしまう。
そして相手が提案したからには、断る理由を思いつけないもう一方は、その提案を承諾しなくてはいけないのだ。
そんなことを考えて、音楽が鬱陶しくなった。だから、消した。
ふたりでいるときはそうはいかない。相手を気使うあまり、音楽を消すタイミングすらふたり同時に逸している。

姉は、先週末に女に先に述べたような状況ですすめられた本を読む。
まったく理解できないがしかし、このとき少し緊張がほぐれる。女にすすめられた本を読んで緊張がほぐれた。姉はこの事実に驚愕した。
これは、女といることがリラックスすることになりえるということを証明してしまう可能性がある。姉は、それはまずいと思った。だが、リラックスしたいま、そのような考えも不思議とリラックスした状態で思い浮かべることができた。
これは新たな展開かもしれない。私はたしかにリラックスしている。なにがどうあれ、それでいいではないか。しかし、ああ、これはもう長く続かないだろう。これが続くいまのうちに、私はラップを作らねばならない。そして食事ももう済ませてしまおう。と、考えた。

女、帰ってくる。

姉はすぐさま、女が不機嫌であるのがわかった。しかし、これは長年の生活がなせる観察眼からではない。誰の目にも明らかなのだ。女は不機嫌だ。神経質そうに帰ってきた。女は姉に一瞥をくれたのかくれていないのか、それすら定かではないくらいにわずかに姉のほうを気にし、すぐに帰宅後の作業を始めた。
女は神経質なところがあり、部屋の中では行動が規定されている。姉も女も固い身体であることは間違いないが、姉が一見自由な行動をしていると見られるとすれば、女の行動は常に規律と共にある。
女は、一枚一枚、服を脱いではいちいち畳んでいる。後からまとめて畳む、というようなことは絶対にしない。それから髪留めを外し、髪を左右に2往復ふってから、左手で髪留めを持ち右手で押さえる、というような規定された動作をする。
それから、姉が床に脱ぎ捨てている服を同じように一枚一枚、畳み、そろえ、同じ場所に置く。それが姉にはどうにも耐えられないのだが、姉は言えずにいた。女からすれば一緒に住む以上、当たり前のことだと思っている。しかし、それをするとき、いちいちこれは当たり前のこと、と確認しながら行なっている。

場はいままでになく緊張している。女は、服を置きにいった。姉はそれを見なくてももちろん女の導線を知っている。そしてやはり物音に敏感になっている。何度か躊躇したあと、不機嫌な女に、声をかける……。

 ……おかえり!

女、ソファに座る。姉にべったりとくっつく。
この時間が決まって苦痛なのだ。女もわざわざ苦痛を作り上げているのを自覚している。だが、習慣づけられた動作、その規則性に、やむなくそれをしている。
噴出す汗。かつてはふたりにも濃密な時間が流れていた。姉は出会ったときの胸の弾むような思いを甦らせようと努めるべきなのではないか、と思った。そして女は、同棲を決めたときのことを考えた。
違う場面ではあるが、ふたりは同じようなことを考えているのだ。
そのことが女にはわかった。姉も同様にわかっていると思っている。

姉はタバコに火をつけて、吸い出した。
姉はタバコを吸いながら、次になにをすべきか考えた。そして、まだ何もしていないことも考えた。タバコを半分以上吸ったら、動き出そうじゃないか、とタイミングを姉は動き出すタイミングを計っていたが、いざ動こうとしたそのとき、女はタイミング悪く、テレビを付けた。女は長いスパンで定期的にチャンネルを変えている。
静かに深呼吸をして、タバコを消し、姉は立った。

 ……便所。

トイレに行く動作は重いながらも、ソファの上で女といるときよりは幾分かすばやい。
姉、なかなか出ないうんこをがんばってしようとする。唸る。
女は、テレビを見ながらソファに包まっている。態勢を変える。このへんは稽古場任せなので適当に書いている。

姉、なかなか出ないうんこを踏ん張ってなんとかしようとがんばっており、ときおり力む息がもれる。

女、シャワーを浴びる。入口には、着替え入れ、タオル、ドライヤーなどがある。シャワールームの中にはシャンプーなどもある。女は、頭を洗い、体を洗い。顔を洗う。順番は稽古場に任せるが規則的である。

十分に休息を味わった姉はトイレから出て来る。

女がシャワーを浴びているのをじっと見て考える。しばらくして、姉は次に起こすべき動作に移る。

姉は、シャワールームをのぞく。女には始めからわかっている。姉の姿を見てから、またひとつ身体の部位を洗い、

 ちょっと入ってこないでよ。

姉、シャワールームを出て、ソファに横たわる。

女、出てきて身体を拭いてソファに包まる。それから姉の姿を見て、ドライヤーのことを思い出す。より重くなった身体をなんとか動かし、ドライヤーを使う。
冷蔵庫から、パックを取り出し、ソファに戻る。姉に体半分をあずけて座り、サラダなにかを食べはじめる。

いっぽう、姉はすっかり食べるタイミングを逸してしまった。
そしてそれが女に伝わっているのも知っている。女はこの瞬間がなかなか快感だったりする。女は少しいじわるそうにサラダを分けてやる。少しずつわけてやる。
食事のときはだいぶ緊張は緩まるし、傍から見ればふたりの仲はだいぶよさそうに見えるはずである。

調子に乗った姉は、もっともっととサルかなにかのようにサラダを要求する。
それを見て、女はがっかりする。
姉もすぐにがっかりする。
だから、姉は女が食べ終わるのを待つしかなくなる。
タバコに逃げたいところだが、取り出してすぐにやめ、テレビに逃げることにする。

女は満足そうにサラダを食べ終わる。
女は食べ物に関しては非常に無頓着なところがあり、そこらへんに容器やフォークを捨て、じっと丸くなってテレビを見ている。
姉は、むしろ食べ物が散乱するのはよくないと思っているので、気が気でない。女の発言をいよいよ待っている。

 これ見てるの?

女、チャンネルをかえる。

巣恋 巣恋歌といえば、あのマイク・ジャクソンと競演したという伝説を持つ、文字通り、伝説の歌手。

姉、立ってサラダの容器を片付ける。

 うわー巣恋歌!

巣恋 そんな彼女もまた、かつてはあなたたちと同じように悩める年頃の女の子でした。でも今は、そんな気持ちもわからない、女の子の気持ちなんて考えたこともない、男性プロデューサーに書かれた男のための歌を歌い、そして、伝説の歌手となった……!

♪巣恋の歌
ある日とつぜん歌手デビューした私は、わけもわからず舞台にあがる
華やかなスポットライト、見渡す限りの聴衆
私はさえずり、マイクと契りを交わしました
捨てていったいつもの日の生活
おお、誰も私の悲しみはしらない
誰も知らない

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