(戯曲) 古いクーラー

・俳優が演じるもの クーラー1〜8
・舞台は中央がフラットなスペース。演技をしない俳優は舞台上の隅のほうに集まって、自分の順番や上演が終わるのを待つ。
・演出により登場順序は入れ替え可能とする。


1.腹

わたしのおなかのなかに、ぎっしりと小腸がつまっていて、それはそれはぎっしりとつまっていて、いるという。なぜそれがわかるかというと、もちろんおなかを切り開いて見ることができたらいいのだけどそうすることは痛い、むごい、死んでしまう、だからそんなわけにはいかないので、まずなぜ、それがわかるのかということを考えてみることから始める必要がある。教科書の図解で、確かにわたしはからだの断面図を見た。前から。後ろから。の断面図。それらを見て、わたしはそのとき、自分のからだのことを巡らせ、気持ち悪くなりおなかをさすった。わたしのおなかのなかには、自分が普段見下ろすおなかよりも複雑に、妙なホースがくっちゃくちゃにつまっていて、しかしやはり普段見下ろすおなかはそうではなくてつるつるで、、、、つるつるでした。

いったい、自分のおなかにもそんなものがつまっているなんて、なぜ言えるのでしょう、とかわたしは思った。だって見たことはないのだから。わたしが見ているおなかは、見下ろすおなかはつるつるだから。だからまずできることとして、手近にある、手を、右手をおなかに持ってきて、さすってあげた!

……つるつるする。
ツルツル、……鶴の!「恩返し」。
それからちょっと強く押しつけると、ゴシゴシ、戸越銀座。
どんなにからだを洗っていてもこすり続けると垢が出てきてガサガサがさ入れ警察官。そしてごわごわする。
ごわごわ、ひー!
ごわごわ。ひーひー。ごわごわ。ひーひー。ごわごわ。「ひーひー」

ああ、わたしのおなかのなかに、わたしのまだ見ぬ小腸ちゃんが巡っている。

「ごわごわ。ひーひー。ごわごわ。ひーひー」
ごわごわ、ひーひー、ごわ、ひーひー。ひや~!

ああ……。「ピッ」(クーラーを消す音)。おなかが冷えちゃった。小腸が、冷えちゃった。おなかの産毛が冷やされてぴよーんと、立っちゃった。ここまで(下腹部)あるわたしのヘアー、も、ちぢり立っちゃった! ヘアー、冷えちゃった。
部屋、冷やしすぎちゃった、クーラー効きすぎちゃった。
という、季節外れの、季節遅れの、古い、クーラーのこと。

ピッ! ひゅー。ひや~ァ。

ゆったり、途切れ途切れに発語しろ。

蚊への殺戮……
蚊への殺戮
が祭り状態で
パチリ、パチリと自分の肌を叩く
あの夏のすごく……
あの夏のすごく
暑い夏
やつはこの部屋に、爆発的に増加中の様子
どうする?
要するにこの部屋は密閉された部屋で
日経新聞を丸めて振り回す癒し系の女なのに
こんな汗をかいているとても暑い近寄んな!
と一人叫ぶちょっと寂しい
セクシーな下着姿で日経を振り回す夕方で
旧型で埃のたまった扇風機ががたがたむなしく動いている
風通しをよくしようと素人の発想で
そうっと窓を開けたのがいけなかった
網戸にしてもどこからか入ってくる
きみたちからモテても、とてもうれしくない、言ってもきみたちは蚊
二進も三進もいかなくなって
部屋のどっちも窓を閉めた
決めた
君たちをもう殺したくない
もうつきあわない
向き合わない
いらいらしない
だけどうまくいかない
窓を閉めると暑い
風が通らない

クーラーの気持ちになれ。

だからわたしは発明されたクーラー。
ピッ! ひゅー。ひや~ァ。
ピッ! ひゅー。ひや~ァ。

ほんの少しだけ韻を意識しろ。誰にもばれないようにしろ。

蚊への殺戮が祭り
状態で
パチリ、パチリと自分の肌を叩く
あの夏のすごく
すごく暑い夏
やつ
はこの部屋に
爆発
的に増加中の様子
どうする?
要する
にこの部屋は密閉
された部屋で、日経
新聞を丸めて振り回す癒し系
の女
なのに、こんな
汗をかいているとても暑い近寄んな!
と一人叫ぶちょっと寂しい
セクシー
な下着姿で
日経を振り回す夕方で
旧型で
埃のたまった扇風機ががたがた
むなしく動いている
風通しをよくしようと
素人
の発想でそうっと
窓を開けたのがいけなかった。網戸にしてもどこからか入ってくる、きみたちからモテても、とてもうれしくない、言ってもきみたちは蚊。
二進も
三進も
いかなくなって、部屋のどっちも
窓を閉めた
決めた
君たちをもう殺したくない、もうつきあわない。向き合わない。いらいらしない。だけどうまくいかない。窓を閉めると暑い。風が通らない
風は通らない
どこか違う隙間をあくまで目指して去っていった
悪魔のような暑さに残されていった女は
蒸し風呂の中、扇風機に向かってうちわを仰ぐ
騒ぐ
肌の暑さにことごとく
口から出る言葉はいさぎよくない情けない言葉
蒸し風呂の中、背中に滲んだ汗が塩辛い、すくい取って舐めて、体の奥に消えて、熱の記憶だけがずっと残る。窓を閉めた部屋の、すみずみまで残る、記憶

クーラーの気持ちになれ。

だからわたしは発明されたクーラー。
 
ピッ! ひゅー。ひや~ァ。
ピッ! ひゅー。ひや~ァ。

ヒヤシンス!
風が吹いてきて、春の記憶が戻るものだなぁ
川のせせらぎが、せせらぐなぁ
にゃんにゃんにゃん
おや? 猫がこっちを向いて鳴いてるぞ
ここはいつから外になったんだろう、猫の鳴く午後5時
鳴くと言えばやっぱり猫だなぁ
川辺でゆったりと時間が流れるものだなぁ

今日はうどんにしようかなぁ
にゃんにゃんにゃん
おや、猫もうどんを食べてるなぁ
あぁ、風だ
ひゅーぅ
風が気持ちいいなぁ
あぁ、まだ若い社会人が通り過ぎる

2、入場しろ。

がんばっているかなぁ。がんばっていますか?

2、無視しろ。

無視だなぁ
なんだか暑そうな、この人
それに比べて、わたしは、わたしの空間は涼しいなぁ
年がら年中、川のせせらぎ、猫の鳴く声、気持ちのよい風
ひや~
「ああ、ヒヤシンス」
単純な幸せだなぁ
幸せは単純なイメージを与えるんだなぁ
(2に話しかけろ)ちょっとあなた、
あなたには単純な幸せは、ありますか。わたしはあります

クーラーの気持ちになれ。

そして、クーラーのわたしは単純な、幸せを与えています
あなたに、単純な幸せは、ありますか
恐れ多いけれど、わたしのこころからの、問いかけです
(しばし黙れ)……ちょっと寒くなってきちゃった。さようなら~

帰れ。



2.燃えカス

2、話せ。

わたしの会社には、社員がみんな開かずの会議室と呼んでいる、会議室がありますです。わたしの会社はけっこう歴史が深いですます。設立は戦後5年で、まだ神田の空がビルで覆い尽くされる前に、近代的なビルとして当時は、建てられたので、……でしたました。神田駅から徒歩で5分くらいのところにあって、当時は駅からわたしの会社のビルが見えたくらい、ほかには背の高いビルはなかったのですます。初代の社長は、つまり創業者は松方ヒロキンという名前でイギリス人の母を持つハーフでしたました。

ここから先は

18,465字

¥ 222

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?