バラと飛行船


千秋楽を終えて、賑やかな打ち上げがあって、明けて。
売上の集計やら、追加分の本の資材発注やら、方々への連絡やら、そういう色々をパソコンでカタカタと進めながら、ふとカーテンに目をやる。揺れてる。それだけでなんだか切なくなる。

「バラと飛行船」が終わった。

舞台「バラと飛行船」は、演劇企画ニガヨモギによる演劇作品。
僕はこの作品に、製本の仕事で関わらせてもらっていた。「製本屋」という役をもらって。
製本屋の役目は、役者たちに配る台本と、お客様に販売する本を作ること。
まず、役者用の本を作る。役のイメージを主催であり脚本を書いた市村みさ希さんと話し合い、装丁を決める。8人の役に合わせた、8種類のデザイン。操縦士には操縦士の、王女さまには王女さまの、船長には……と、表紙を見ただけで誰のものだかわかるようデザインしていく。

役者用台本。B5サイズ並製本。

次に、お客様用の本。
台本の内容をすべて収録することは決めていたけれど、それだけでは……と思って色々考えていたところ、本読みを見学した帰りに、役者たちのインタビューを掲載することを思いつく。翌日、みさ希さんに打診をする。インタビューを載せたいんです、自分で聞き取って自分で文字に起こします、と。インタビュアーの経験もライターの経験もないくせに、今思えば大きく出たものだと思う。けれど、それでも自分で直接話を聞きたいと思ったのには理由があった。本の中にも書かせてもらったけれど、この企画の大切なところは、「役のイメージに合わせた装丁」なのだから、それが合わなかったら意味がない。だから、稽古が始まったその段階で、役者のことを少しでも知りたいと思った。「役のイメージ」というものに、役者と一緒に触ってみる機会が欲しいと思ったのだった。
結果として、この試みは成功だったと思う。実際、インタビューを経て、販売用の本の装丁には、細かいマイナーチェンジがいくつも加えられている。
なんの経験もない自分にインタビュアーを任せてくれたみさ希さんと、心を開いて話を聞かせてくれた役者たちに本当に感謝している。ありがとう。あなたたちのおかげで、こんなに素敵な本が出来上がったよ。

お客様用台本。 B6上製本。

作るものが決まってからの日々は、ただただ目まぐるしくて、ただただ必死だった。インタビューをまとめるのは想像以上に神経を使う作業だったし、時間もかかった。使いたい紙が製本に不向きだった時は、どうにかしたくてあれこれ実験をして、何度も失敗した。いつだって時間がなくて、だけど時間のかかるアイデアばかり浮かんできた。「良いものを作っている」という感覚だけが支えだったから、その支えを守るためには全部やるしかなかった。

あっという間に本番はやってきて、四日間の公演は一瞬で過ぎた。
そして今、起き抜けみたいな頭でカーテンを見つめながら、さっきまで見ていた夢のきらきらを思い出したりしている。
忙しかった。大変だった。苦悩もあった。だけどもう少し、終わらずにいて欲しかったと思ってしまう。
もっといえば、終わったことをまだ受け止められずにいる。それは、ほとんどの本が完売して追加をこれから作るとか、物販の精算の手続きがまだ済んでいないとか、荷ほどきすら終わっていないとか、そういう、まだやることがあるからじゃなくって。あの本を、「書籍・バラと飛行船」を作る日々が、終わってしまうことがただただ名残惜しいんだ。
きつね役の本に使う金和紙に糊を引いたり、道化師夫婦の背表紙と四隅に貼る高級マーブル紙の扱いに緊張したり、廃色になった郵便屋さん用の紙を探し回ったり、船長と乗務員の表紙の破れ目を何度も失敗したり、操縦士のスピンをインクで汚す作業はなかなか思った感じにならなくて、気付けば何時間も経っていたし、王女さまの本は繊細な紙ばっかり使うから、些細な汚れや傷でいくつもやり直した。
毎日へとへとだった。今にして思えば、僕にとってはあの日々が本番だった。

昨日、深夜に帰宅したあと、書籍・バラと飛行船を読んだ。
本は舞台を再現できない。あの場にあるものをこの中には仕舞えない。けれど、本にしか宿せないものがある。そしてそれが、僕にとっては、あの日々を、あの世界を思い返すための手がかりとなる。

この大切な一冊を産み出してくれた「バラと飛行船」に、心から感謝します。
今となっては何もかもが楽しかったあの日々と、そして今の寂しさも含めて、大切にします。


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