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『ジョブ理論』のレビュー

2017年8月発売。

ハーバード・ビジネス・スクールの有名教授クレイトン・クリステンセンが書いた本で、ひと昔前に出された『イノベーションのジレンマ』という本で日本でも名前が知られるようになった教授です。

『実践「ジョブ理論」』
『「ジョブ理論」完全理解読本』
といった解説本が出ているくらいなので、その内容は深く、応用範囲も広いものです。

うまく解説できるか分かりませんが、できるだけ分かりやすく、でも端的に。

ミルクシェイクの話

ジョブ理論を簡潔にいうと、顧客がある商品・サービスを雇用(購入)するのは、
特定のジョブを解決するためである
と考える理論です。

ジョブ? 雇用?

初めて聞いた人は違和感を覚えると思いますが、具体例を示すとその威力のようなものを感じやすいと思います。

たとえば、ミルクシェイクの話。これはクリステンセン教授がよく例として出すものです。

ミルクシェイクを販売するある店の調査を通じて、顧客はミルクシェイクが欲しいのではなく、本当は「長時間運転の暇つぶし」や「子供へのご褒美」が欲しいために、顧客はミルクシェイクを購入(雇用)していると分析します。

ミルクシェイクの味自体を欲しているわけではなく、別の理由や背景があって、その目的に対してミルクシェイクがぴったりだから買っているというわけです。

デモグラフィックデータに意味がない可能性

興味深いのは、顧客の人物像を分析したところ、ミルクシェイクを購入している人たちのあいだに、人口統計学的な共通要素がなかったことです。

共通するのはただ、「朝のクルマ通勤のあいだ、目を覚まさせてくれていて、時間をつぶさせてほしい」ということだけだったといいます。

これって、たとえばターゲットユーザーを40代の独身男性で職業は〇〇で、年収は〇〇万円くらいというような、よくあるデモグラフィックの設定が根本的に意味がないかもしれないことを示す驚くべき結論ともいえます。

また、ミルクシェイクではなく、別の例として、マーケティングの大家として有名な、レビット教授が提示した下記の例も有名です。

「顧客はドリルが欲しいのではない。穴が欲しいのだ」

ジョブは見つかりにくい場合も多い

クルマの例を出せば、フェラーリを購入する人は、イタリアの高級車自体が欲しいのではなく、成功者としての周囲からの承認が欲しい。

このフェラーリの例で顕著なように、ジョブというのは、顧客が必ずしも明確に意識したり、明言するわけではないところが難しい部分でもあります。

「成功者として認められたいのでフェラーリを買いました」そうアンケートで直接答える人はかなり少数でしょう。

そういう意味で、ジョブを理解するためには、顧客の状況、背景、ストーリーを細かく理解する必要があるといいます。

「誰が」その商品を購入したのかはあまり重要ではなく、「なぜ」その商品を購入したのかを詳しく知る必要があるということです。

ジョブは機能的だけではなく感情的や社会的

別の例、いきます。

タバコを購入する人は、ニコチンが欲しいだけではありません。リラックスや落ち着いた気分、人々のとのコミュニケーションが欲しいからタバコを購入します。

かようにジョブは、機能的なものだけではなく、感情的だったり、社会的だったりもします。

ここで興味深いのは、感情的・社会的なジョブの解決の場合には、往々にして「競合」という考え方も変える必要があるということです。

タバコが解決するジョブは、人々とのコミュニケーションの向上・解消だとすると、タバコの競合はFacebookだったりする、というのは新鮮な視点だと感じました。

ジョブは複雑で多層的

そして、企業やブランドが中長期にわたり成功を謳歌している場合、かならずその企業やブランドはユーザーの具体的なジョブを解決していると筆者はいいます(そういうブランドをパーパス・ブランドといいます)。

さらに、このジョブの解決という切り口が、イノベーションを生み出すきっかけになると主張します。

たとえば、イケアはただの家具屋ではありません。「アパートの家具を今日のうちに設置しおえたい」というジョブをどの企業よりもきれいに片付けます。

ジョブは複雑で多層的です。上記の例からも分かるように、ジョブは年齢や性別といったデモグラフィックのデータからだけでは見えてこないからです。

イケアを利用する顧客は、「20代の女子大学生」や「30代の神奈川県民」といった共通項でくくれるわけではなく、「ささっとおしゃれで安価な家具を設置したい」というジョブを持っていることが大事な共通要素です。

そこには個別の具体的な状況、ストーリー、プロセス、感情、人間関係といった
データには表出してこないものが、時にとても複雑に絡まっています。

クルマは快適に移動するためのもの

ここで少し思い出すのは、トヨタのモビリティ・カンパニー宣言です。

2018年のCESで、豊田社長は自動車をつくる会社から、移動に関わるあらゆるサービスを提供するモビリティ・カンパニーにモデルチェンジするとした内容の宣言のことです。

これはまさに顧客のジョブを意識したものに見えます。(意識的か無意識的かは知りませんが)ある地点からある地点に快適に移動するのが本来の主目的(片付けたいジョブ)であって、現代のおおくの顧客が欲しいのは、クルマ自体ではないのです。

つまり、顧客の片付けたいジョブは、「快適な移動手段」ともいえる。

この宣言をベースに、快適な移動手段とはなにかを考えるために、街づくりにまで手を出していくのだろうと想像するのですが、モビリティ・カンパニーを目指すという方向性は、ジョブ理論からみればひとつの正しい選択のように感じられます。

ジョブ理論によれば、そのジョブに沿った商品企画や開発、組織運営のみが、イノベーションを生み出し、結果としてブランドや企業を中長期的に繁栄させる要因だといいます。

話はかなりおおきくなりますが、いまの大転換期を乗り切るには、ジョブ理論の視点がどの業界にとってもひとつの打開策の糸口になるような気がします。


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