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連載① コロナ禍での差別を経験した今だから、ハンセン病問題から学びたい(1)

 今年5月、江連 恭弘・佐久間 建/監修『13歳から考えるハンセン病問題 ―― 差別のない社会をつくる』を刊行しました。
 編集を担当した八木 絹(フリー編集者、戸倉書院代表)さんに、本に寄せる思いを書いていただきました。不定期で連載します。
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 新型コロナウイルス感染症(以下「コロナ」と略)が世界に広がった2020年、感染者や医療従事者への激しいバッシングが起こりました。日本と世界には、コロナ以前にハンセン病差別という、国を挙げての差別の長い歴史がありました。コロナ禍を経験した今、感染症への差別をなくす道筋を考えたい。本書をつくった思いはそこにあります。

江連 恭弘・佐久間 建/監修
『13歳から考えるハンセン病問題 ―― 差別のない社会をつくる』
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感染者を「迷惑な存在」とみなし、県同士を競わせる

 コロナに感染した人へのバッシングがハンセン病差別と似ていると直感的に感じ取った人たちがいたことを知ったのは、2020年8月、全国ハンセン病療養所入所者協議会のニュースによってでした。そこでは「病気は違っても官民あげて患者をあぶり出し、療養所に追いやり、偏見・差別を助長させた『無らい県運動』(*1)と同じ構図です」と指摘していました(「全療協ニュース」2020年8月1日号)。

 今年5月にコロナが感染症法の5類に分類されるまでの3年間、メディアは毎日、県別の感染者数を報道していました。コロナ禍初期には、県をまたぐ移動を自粛せよと国や都道府県が呼びかけ、「東京からコロナを持って来るな」と来県者や県外ナンバー車が攻撃される事態が発生しました。高齢者や子どもへの感染を恐れる心情は分かりますが、感染者を「迷惑な存在」とみなして、県同士を競わせるようなやり方は、「無らい県運動」の再来だと感じました。

 こうした思いから、2022年3月、『感染症と差別』(かもがわ出版)を編集・刊行しました。ハンセン病、薬害エイズなどの裁判に携わってきた徳田靖之弁護士の著作で、本欄(同年7月)でも大きく紹介していただきました。この本を販売するために、徳田弁護士も共同代表を務める「ハンセン病市民学会」(*2)の2022年の総会(長野市)に参加した時に出会ったのが、江連恭弘さんと佐久間建さんです。お二人は、同学会の教育部会に所属し、それぞれ高校、小学校の授業で、ハンセン病問題の教育を実践しています。

徳田靖之『感染症と差別』
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  ★徳田靖之『感染症と差別』のnote はこちらから

 『13歳から考えるハンセン病問題』は、このお二人に監修者となっていただき、八木が執筆し、原稿が1章できるごとに、内容は正しいか、証言や写真は妥当かなど、合計30時間以上ディスカッションして仕上げました。監修者や編者が名ばかりで実質的な役割を果たさない本もありますが、本書は執筆者と監修者、出版元であるかもがわ出版の担当編集者の4人が、総がかりで仕上げた渾身の作です。今年5月のハンセン病市民学会の総会に間に合わせるように刊行し、現地でお披露目の販売をしました。

*1 無らい県運動 県からハンセン病患者をなくす運動。1930年代と50年代の2度、国が主導し県同士を競わせる形で行われた。

*2 ハンセン病市民学会 「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟の熊本地裁判決を受け、2005年に結成された、交流・検証・提言を行う市民団体。

監修者の江連恭弘さん(左)と佐久間建さん。
ハンセン病市民学会で(2023年5月、鹿児島県鹿屋市)

 希望は若者 ―― だから「13歳から考える」

 さて、本書がなぜ「13歳から考える」シリーズとして刊行されたか。それは、ハンセン病問題解決への希望が若者だからだと言えます。

 1996年に「らい予防法」が廃止された後、ハンセン病問題が社会的に注目され、現在使用されている小中高の教科書ではハンセン病問題が扱われるようになりました。しかし、その成果はまだ十分ではありません。もちろん、人権教育の一環として授業で扱ったり、生徒の自主活動として取り組む学校もあります(本書では広島県の高校の「ヒューマンライツ部」の活動、沖縄県でハンセン病をテーマにした演劇に取り組む若者たちの活動を紹介しました)。

 近畿大学の研究者による2017年の調査では、 ハンセン病問題の授業を学校で「受けたことがない」か「覚えていない」学生が、「受けたことがある」学生を上回っています(調査は本書に掲載)。「ハンセン病は恐ろしい病気である」と思っている学生が4割近いという結果も出ています。この若者たちにハンセン病問題のテキストとなる本を届けたかったのです。

 1940年代には特効薬が開発され、現在は日本での新規感染者はなく、感染したとしても外来治療で完治できます。裁判でも勝訴したことから、「ハンセン病への差別意識を持つ人は高齢者に限られ、差別は過去のものになった」と理解している方がかなりいます。本書への感想にも「今も差別があるとは思わなかった」「戦後日本の憲法制定後にこれだけの差別を政策で続けていたことは驚くばかりです」というものが多いのです。

 ということは、本書で今も残るハンセン病差別について取り上げたことは的外れではなかったと感じています。2019年に原告が勝訴したハンセン病家族訴訟の熊本地裁判決は、本人だけでなく家族までもが「人生被害」といえる甚大な差別被害を受けたことを認めました。患者の家族であることを理由とした学校でのいじめや結婚差別などです。この裁判には568人もの原告が参加しましたが、実名を名乗ることができる家族はいまだにごく一握りです。そのこと自体が、今も残る差別の存在を物語っているのです。

 過去のものになってはいないハンセン病差別の事実を多くの人に知ってもらい、自分ならどうするかという視点で考えてほしい。その中心になるのは若者であってほしいし、おとなにも「学び直し」のテキストとして、手にとってほしい。そのため、分かりやすい表現を心がけ、中学校以上で習う漢字にはルビをつけ、用語解説、写真、図版を多用しました。

*本稿の初出は、多摩住民自治研究所『緑の風』2023年8月号、vol.278

◉『13歳から考えるハンセン病問題―差別のない社会をつくる』目次から

第1章 なぜハンセン病差別の歴史から学ぶのか
ハンセン病患者・家族が受けた激しい差別/ハンセン病とはどんな病気?/新型コロナ差別にハンセン病回復者からの懸念/過去に学び、今に生かす

第2章 ハンセン病の歴史と日本の隔離政策
日本史の中のハンセン病/世界史の中のハンセン病/日本のハンセン病政策/日本国憲法ができた後も

第3章 ハンセン病療養所はどんな場所か
ハンセン病療養所とは?/療養所内での生活/生きるよろこびを求めて/社会復帰と再入所

第4章 子どもたちとハンセン病
患者としての子どもたち/家族が療養所に入り、差別された子どもたち/生まれてくることができなかった子どもたち

第5章 2つの裁判と国の約束
あまりに遅かったらい予防法の廃止/人間回復を求める裁判/家族の被害を問う裁判

第6章 差別をなくすために何ができるか
裁判の後にも残る差別/菊池事件 裁判のやり直しを求めて/これからの療養所/ともに生きる主体者として学ぶ

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