カモヘラシカ

書き続ける。

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マガジン

  • 【2023】キバナコスモス

    生きる。書き続ける。

  • 短編

    短編小説置き場

  • 【2022】灯

    浪人生だった。未来への期待と、前向きな焦燥。

  • 【2021】タコノマクラ

    18歳の頃、幼いとき父にもらって、すぐに落として割れてしまったタコノマクラのことを真剣に思い出していた。私の子供時代とは、宝物とはなにかという問題。

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夕やみ

 きつい階段だった。ひどく長くて、傾斜が急で、一段上るごとに息が切れた。夕やみの中、隣を歩くきょうだいの輪郭はぼやけ、ほとんど影に近い。周りのものすべては夕やみと同じ色で、自分の存在すらも定かではなかった。 「後ろを振り向いたらねえ、影が襲ってきて、食べられちゃうよ」 「登りきるまで、絶対に振り向いちゃだめだよ」  姉と私は、二人の間に手をつながれた弟をからかいながら歩いた。そうしていないと、自分たちまでもがその影の存在を信じてしまいそうで、いったん信じてしまったら、取り返し

    • これが世界なのだ

      20231223 目がよく見えなくなる夢を見た 書き留めようと思ったけれど、忘れてしまった 見知らぬ街の市場でわたし、見たことない魚の死骸を鷲掴にし、その死んだ目に釘付けだった ぬめぬめした表皮の感触に、お酒に酔うさまさえ知らないわたしは、狼狽え、恐怖し、吐き気をおぼえた それからは嘔吐ばかりだ あのぬめぬめした感触が、うそいつわりのないわたしの原風景をすらあの魚のあの肌の感触へ変容させていく 幼いころに嗅いだ、あの果実、あの生魚の匂いが鼻を突く わたしは喉を

      • 音     20231031 久しぶりにイヤホンを外して歩くと、街の音が聞こえる 街の音が聞こえると、安心する 生きているってかんじがする 足音と、呼吸音 話し声、誰かの咳と、擦れ合う服の音 クラクション、戸の軋み、踏切の音、その反響 川辺でわたしは腰をおろす 久しぶりに、詩を書いた ペンとノートを取り出して 紙をこする音、 芯を押し出す音、 わたしの指が線を引く わたしの

        • 白昼夢

          白昼夢                        2022.9.23 もろい もろい 指先で 空に 描いた 白い月 どうして消えないんだろう? どうしてかがやくんだろう? 聞こえない ふりをして 手放した夢の声 起きられない ふりをして しがみつく夢の端 もう耐えられない とつぶやいたら その声が私に はりついた 目をそむけたんだ どうしてだろう なくしもの よごれて にごって 虹をまぜ みんなせかいを溶かすのに 空から月は光ってる また会いたかった まだ泣きた

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        • 【2023】キバナコスモス
          6本
        • 短編
          5本
        • 【2022】灯
          5本
        • 【2021】タコノマクラ
          8本

        記事

          透過

          透過                            2022.8.22                                       すごくきれいな、日々だった。 そんな印象を残して、景色は途切れた。ぷっつりと。 そう、 ぷっつりと。終わり、 はじまっていくことの意味を、ただ、 問うように。 この春に見た桜の光景を、私はいつまでも忘れないのだと思う。 私の中で確かに、ひとつの時間が、私を、私としてかたちづくってきたあの鮮明な日々が、今はっきりと途絶

          かなたの丘に

          かなたの丘に                2022.5.21 夜の丘のふもと。 女の子は、つぶやいていました。 星の、こぼれおちそうにまばゆい光を、ゆるやかな鼻すじのてっぺんにとまらせ、 夜よりも黒い両目の内を、星のかなたの深みへ投げて。 「まだ、まだ、まだ...」 夜の丘の中腹。 少女はそっと、呼んでいました。 町の屋根から、扉から、こぼれ、ゆらめき、にじんでいく、 さみしい声を、あの家の窓を、 きりひらいたまぶたで、なぞるように受けとめ。 「終わらない、終わらない.

          かなたの丘に

          夜明けごろ

          夜明けごろ                      (~2023.9.12) 線を引くことで世界をつくりだし ああこれが世界なんだなと、認識する そんな 夜明けごろ 朝の光は立ちあがり、街の境をふりきった ぶらんこがあっち側の空へ ゆれ、ゆれ、 ぶらんこがこっちがわの空から 駆け、駆け、 弧を運ぶ 軋みの音に手をかざし、 こぼれ、漏れていく指先の光に 朝が、静かに集まって ああここが世界だなと、触れさせてみる そのさきのじぶんを、描かせてみる 飛んで飛んで、街

          2023.5.21

                                    2023.5.21 うつくしいものに触れることのあまりのうつくしさに 身動きが取れなくなってしまったあのときの私は 山なみのむこう しらみゆく空のかなたを見つめながら いつまでもあなたの腕のなか このあたたかいやさしさのなかで とどまっていたいと願っていた いつか終わる 終わってしまうことをわかっていたから ほのかにただよう桃色のなかで じっとうごかずに 終わらないでほしいなんてちっぽけなことば いつまでも私たちの指のあ

          川 記憶の底で 川は命の比喩だった 螺旋階段 川の源流 揺れるキバナコスモス 川辺の道の 一面に たしかに知っていた 色の滲みあい うつくしいもの きれいなこと とうめいなものごと ことばに汚される以前の この川の源流 うつくしいもの 切実な記憶 子どもの頃を思い出して 肌に触れる空気 とうめいなもの 薄い綿布 乳臭い弟のおなか 誰もいない寝室 そっと抱き上げた まだ首も座っていなかったのにね あの時落とさなくて本当に良かった 夢を見た 命の比喩の夢 本当にうつくしい

          あたらしい春

          あたらしい春          230501 つきさすような西日に、ほを止める この光はいま、わたしの横顔をふちどって ろうかの先のかいだんに、はたと腰をおろす そよ風がまどべをかたどって 春めいたろうか、ひやりとしたゆかに まどぶちの影、つくり出す 光となってつとおちた がくぶちみたいなまどの影 手を伸ばして、そっと触れたら 線はほころび、とびちった ろうかの向こうで、あたらしい声 あたらしいばしょ あたらしいまど あたらしい人々 ぴとり、 とゆかにつけた手のひ

          あたらしい春

          川面

          川面                 20211006                                        川面に一番近い場所で 寝袋を広げた ノスタルジーについて議論しながら 「もっと実感したい。もっと実感しないと。ここに、今川面を見上げて、朝日を眺めているということ。」 カメラを構える人がいると すべてが詩情を醸すのは とても不思議で きれいな心の現れでした 分からないまま手のひらが 汚れて 汚れて 明日朝日を待っているのは ただの寝袋

          メタセコイヤ回廊Ⅰ.Ⅱ

          Ⅰ                 20210930                メタセコイヤの並木道が  ずっと遠くまで続いている この季節まで知らなかった 秋の空があんなに高く 輝くだなんて 冬になれば忘れてしまう わかったうえで 心から驚く 春になっても 夏になっても 並木道は続いている いつかは驚くんだろうなと わかりながら やっぱり僕は忘れていく そしてどんどん秋は来る メタセコイヤの並木道は ずっと無限まで続いている 小学校5年生が

          メタセコイヤ回廊Ⅰ.Ⅱ

          ゆうぐれ羽虫

          ゆうぐれ羽虫           20210928                     わあ すごい すごいよ と ゆびさしたそのさき こぼれおちては にじみゆくそらに てりはえる きんいろの やまやま しずんでいく しずんでいく さざめいては きえて かわしあうこえのように たとえば あそこ 羽虫たちがおどっている ああ みごと みごとだったねえ と ばすていをまがり さかみちをのぼって ほしをかわすのは なまえもしらないき

          ゆうぐれ羽虫

          カモヘラシカ

          カモヘラシカ                    20210812 ヘラジカの角が五歳の弟よりも重たいと知ったとき、彼は心底驚いたように笑っていた ヘラジカと衝突してアメリカでは年間二五〇人が死ぬんだって聞いたとき、 彼は確かにそんなこともあるかもねといって笑っていた 一三年前、虫眼鏡で星を眺めようと家を飛び出した彼は、 八年後にカモシカを轢いて死んだ 自分が轢いたのがヘラジカじゃなくてカモシカだったと知ったとき、 彼はなんだか安心したといって泣いていた 一億頭のヘラジ

          カモヘラシカ

          月あかり

          月あかり              220403                           かみさまを拾った 夜の底 溶けてゆく 日々のてのひら 掴みあぐねて かみさま あなたを拾ったの 月のかけらが眩しいな 日々も昨日も滲んでる 今日も今夜も揺れている 溶けてゆく 日々の線 知りたくないことばっかりで 知れなくなることばっかりで かみさま そろえた指先は 夜更けに線をかくけれど さよならが見えなくなるくらい ふちどる形をもたないの かみさま かみさま 月

          『かっぱぼとキュウタの話』

           かっぱぼうずはそうっと、ちいさいぼうやの腕をつかみました。そうしてさっと、引き寄せました。かすかな水しぶきとともに、ぼうやは小池に落ちました。  かっぱぼうずは、舌なめずりをしました。 「むむう。むむう。」声をあげ、小池のまん中を目指します。ひさしく味わうよろこびが、胸のそこで渦巻いています。  ちいさいぼうやは、かっぱぼうずに手を引かれ、はじめての景色を泳ぎました。おかしな色の景色でした。みなものさざ波を通しているからでしょうか、お日様は細かな粒になって、ゆらりゆらりと揺

          『かっぱぼとキュウタの話』