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大丈夫じゃないけど、大丈夫。いつも通り、いつも通り〜母と私の365日〜②

2023年1月。
症状は少しづつ、母の身体に浸透していたんだと思う。
母は、介護の仕事をしていたのだけど、それも続けていた。一見、これまでと変わらない毎日。
穏やかな普通の毎日。

不安の虫をそれぞれ抱えたまま。
母も、父も、兄も、私も。
それぞれが、それぞれの、不安を心の奥底にしまっていたんだと思う。
外に出してしまったら、現実になっちゃう氣がして。


その時期、私は、あえて母の事とか、これからの事とか考え過ぎない様にはしていたと思う。
考えていない「フリ」かな。

いつも過ってはいたんだよね。

母が何を思っているのか。
母は、私に病氣の事、気づかれていると気づいていたけど、
話そうとしなかった。

強く迫るのも違うし、
ただ見守るも、なんか、違うような。

なんとなく、何もできないまま、
毎日が過ぎていってた。

これからどうなるのかな?
どうにかなるさと思っても、予定の立たない将来に、
ちょっとピリピリしたり。

大丈夫じゃないけど、大丈夫でいなきゃ。

そんな母の声が、
ずっと響いている。

大丈夫な毎日を過ごすことが
母の教えだったな。

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いつも通りを貫くことが、母なりの病氣との向き合い方だったのかな。

今日もいつも通りを続けたら、明日もいつも通りで、
いつも通りがずっと続いていくと、願っていたのかも。

母は、最期までいつも通りに過ごそうとしていたかも。

そうだ、いつも通り、いつもの日常が続く様にと、懸命に、
体を動かしてた。
変わりたくない。変わらないでいたい。
今日が、明日も続きます様に。
どうか、どうか・・・。

足の足取りの一歩一歩が、願いの込められた一歩が
とても愛おしい。

ベッドの柵を、ガタンといわせる母の細い腕。
いつも通りに起きあがろうとしてたんだ。

危ないからポータブルトイレ使ってねと言っても
フラフラすると言いながら、トイレに向かう母の足取り。

ご飯が食べたくないと、嘆く母の顔。

いつも通りが、こんなに難しいなんて。
いつも通りが、こんなに遠くにあるなんて。

ごめんねとありがとうを繰り返す母の声が
今も聞こえる。


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