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さよなら、みっちゃん

※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

末期ガンでホスピスに入っていたみっちゃんが亡くなったと聞いた。それを言っていたのも近所のおじいさんでなんとも胡散臭い。ただ、みっちゃんがホスピスに入ってから連絡をとっていたのも、そのおじいさんだけだから信ぴょう性がないわけでもない。
みっちゃんが死んだ。あのふてぶてしい姿のおじいさんはもうこの世に存在しないのだ。

みっちゃんは近所の居酒屋で働いていたおじいさんだ。それなりに大きい居酒屋で、カウンターにテーブル席も小上がりもあり、焼き鳥や気の利いたおつまみが楽しめる一杯400円の大衆酒場。ちなみに私も過去に4回程行ったことがあるが、まあまあ良い居酒屋だったと記憶している。
そんな居酒屋でみっちゃんが働いていたといっても、対応もぶっきらぼうで注文も覚えられないような本当に駄目な接客だった。酒はドンっと強くテーブルに置くし、酒まだ?とお客さんに怒られて「だから待ってって言ってるでしょ」とお客さんに怒り返しているみっちゃんを見て「すげえな」と思ったこともある。
悪意はないんだろうね。人としての能力が追いついてないだけ。レビューサイトでは「よいお店なのに店員のおじさんが最悪」みたいな投稿ばっかりあった。

なんでみっちゃんのことをそんなに知っていたかというと、私がよく行っていた立ち飲み屋にみっちゃんが来ていたからだ。仕事あがりにちょっと立ち寄って、TVを眺めながらレモンサワーを飲んで帰ってく。話しかけると反応があるときもあれば無視していく時もある。話すのが面倒なのかピースだけされたこともあった。偏屈だけど悪い人ではなかった気がする。酔って暴れるということもない。

つい最近、みっちゃんの元同僚と話す機会があった。「あの人、まあまあヤバかったよ。仕事中に酔っ払ってた」と言うので、よくそんな人雇ってたねと言うと「大将のお父さんの遺言だったらしいよ」と教えてくれた。
昔々、その居酒屋の大将のお父さんが営業をしていた頃。何十年前かは知らないが、その頃からみっちゃんはその居酒屋の常連だったという。どんな飲み方をしていたかはしらない。毎日2杯くらいチビチビと飲んでたのかもしれない。かつては彼もサラリーマンだったという話をきいたことがある。
しかしあの通りの人だ。働くことに向いてない。いつしかみっちゃんは仕事を辞めて住処を失い、神社で雨風を凌ぐホームレスになってしまったそうだ。そんな時に「うちで働け!2階の空いてる部屋に住め!」と声を掛けたのが先述の居酒屋の先代の大将だったのだ。人が良いのか、義理堅いのか。人に家と仕事を与えるなんて並の人間にはできない。
しかもその先代の大将が亡くなる際に「みっちゃんの面倒を見てやってくれ」と息子さんに伝えたそうだ。息子さんである今の大将はどんなに接客が酷かろうが、みっちゃんをクビにすることもなく、父親の望み通りに最後まで面倒を見てやったのだ。大したものである。

健康診断で末期ガンの診断を受けたみっちゃんは生活保護を申請してホスピスに入ったと聞いた。ホスピスに入る前に遺品と称して不要になった家電を立ち飲み屋で配っていたが、ポータブルDVDプレイヤーだったので中々貰い手が見つからない。今や映画も配信で見る時代である。結局はシェアハウスを運営しているお客がシェアハウス用にともらっていったという。そんなどうしようもないエピソードで私たちはいまだに笑わせてもらっている。
今度久しぶりにその居酒屋に行ってみようかと思う。みっちゃんのふてぶてしい接客がもう見ることができないのは残念である。


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