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【哀愁】エアマックス'95とおじいちゃん

私は時々、noteに家族の事を書くが、
現在までに登場したのは、
兄と、父と、あと祖母がちょっと。

残るは、陶芸家の母と、海外帰りの叔母。
そして頑固一徹の祖父である。

最終的には全員の事を書くまで死ねないと思っている。全然、誰にも、求められてないけど。


さて、本日の主人公は、祖父。

生まれた時からずっと一緒に住んでいたおじいちゃんは、元海上保安庁のお堅い人間で、海と船を心から愛し、頑固で怖かった。

タバコの煙で黄ばんだ寝室の壁と、
布団にまでしみ込んだセブンスターの匂い。
それが私のおじいちゃんだった。

7人家族の中で、私は個性もセンスも1番無い。
母は芸術家で見た目からして個性の塊だし、父は置いといて、兄も片田舎で育った割にはオシャレだった。

思い出した。
兄はまだ中学生の頃から、遠路はるばる両親に札幌まで連れてってもらい、わざわざBEAMSで買い物をするような男だった。
地元にはイトーヨーカドーと長崎屋くらいしかない中で、クラスでたった一人、オレンジ色のBEAMSの斜め掛けのショッパーに学校指定のジャージを入れて、誇らしげに登校していた。
そんな男だ。

懐かしのBEAMS斜めがけショッパー

兄に短い反抗期がやってきた頃、
兄と祖父はよくケンカをするようになった。

落ち着きのない兄が食卓でみそ汁をこぼすと
「テレビを見ながら食べてるからだろうがー!!」と祖父は怒鳴り、こぶしを振り上げようとして、自分のみそ汁を
びちゃーーーーっと、こぼした。

食卓の空気が止まった。
みそ汁は、兄のオシャレな服にかかった。

「てめぇ、じじいー!!」と兄はキレた。
おじいちゃんは自分を棚に上げ大笑いした。

別の日に、兄が遅くまでテレビゲームばかりしているのを見ておじいちゃんはまたもや激怒し、兄のスーパーファミコンを取り上げた。
ある日、兄が学校から帰ると、おじいちゃんは一人でこっそりぷよぷよをしていた。
その時も兄は「てめぇ、じじい!」とキレていた。その日を境に、おじいちゃんは開き直って堂々とリビングでぷよぷよをするようになった。

怖いけど可愛い。兄には厳しいけど、
私には劇的に優しいおじいちゃんだった。
女の子でよかった。

おじいちゃんは定年してから、あるいて30分ほどの山奥に土地を買い、一人で山小屋を建てた。大人数でも泊まれるくらいの大きな山小屋だ。
退職して暇になったおじいちゃんは、毎朝山小屋へ通い、メンテナンスをしたり、コーヒーを飲んだり、物置を建てたり、ブランコを作ったりして、C.W.ニコルさながら趣味を謳歌していた。穏やかな余生だった。

そんな時、事件が起こった。


兄のエアマックスがなくなったのだ。

時はエアマックス’95の全盛期。
一世風靡した、あの、赤や黄色のグラデーションが特徴的な、ナイキのエアマックス。

兄が持っていたのは、そのエアマックスの限定品。普通のエアマックスでさえ入手困難なのに、兄は叔母がアメリカのナイキで手に入れた、日本未発売のオールブラックのエアマックスを持っていた。

ブラックのエアマックス'95

さぞかし鼻が高かっただろう。あえて学校には履いて行かなかった。大事に靴棚にしまってあった。しかし、その大事なエアマックスがない。友達と遊びに行くのに。履いていこうと思ったのに。見せびらかす予定なのに。

兄は
「おれのエアマックスどこ!?」
「俺のエアマックスが無い!!」
と、血眼になって探していた。

それを横目に、私と母は嫌な予感がしていた。


絶対、おじいちゃん、山に履いてった…。


なぜなら、今日はおじいちゃんのスニーカーが、そのまま玄関に置いてあったからだ。

兄も気づき始めた。
もしかして、ジジイ履いてってねぇだろうな?

そんな時、タイミング良く祖父が山小屋から帰ってきた。

「ただいまー」

兄、母、私に緊張感が走る。
三人で、祖父の帰ってきた玄関に駆けつける。

「いやぁ〜、帰る途中ドブにハマってよ〜」



…え。


玄関に駆けつけた私たちは、
恐る恐る祖父の足元を見る。

祖父は、ヘドロと泥でぐっちゃぐちゃの、
黒いエアマックスを履いていた。

「それ、おれの、エアァマックスゥゥー!!!」


兄の絶叫が玄関でこだました。



「ぅおおーーーーーーぃ!!!!」


人は、本当に絶望すると、
意味のない雄叫びを上げると知った。

「てめぇー!!!じじいー!!!」
怒ったところでエアマックスは元に戻らない。
一刻も早く脱がせて、靴を!靴を洗わねば!

祖父は「靴棚に置いとくのが悪い!」
と理不尽なことを言い、逆ギレした。
軽くて山に行くのにちょうどいいと思ったべや!と訳の分からぬ理論で自らの正当性を主張した。

申し訳ないが、私はめっちゃ笑った。
母もめっちゃ笑ってた。悪い母だ。

兄は、泣きながらおじいちゃんが脱いだエアマックスを抱えて、泥を洗い流そうと、庭の蛇口に向かった。睨みをきかせておじいちゃんを見る。

そうして、もう一つの事実に気づいた。

「じじい、その袋・・・!!」


え。

私と母も、おじいちゃんを見る。

おじいちゃんが背負っていたのは、
オレンジ色に輝くBEAMSのショッパーだった。


「おーれーのー!ビームスゥゥゥー!!!」


本日二度目の雄たけびだった。

4時間かけて行った札幌で手に入れた念願のBEAMSは、おじいちゃんがそのまま無造作に入れたむき出しのノコギリによって、内側からズタズタになっていた。

「じじい、ふざぁけんなよぉーーーー…」


膝から崩れ落ちる人間を、初めて見た。
兄は泣いていた。


エアマックスとBEAMS。
兄は、いっぺんに二つの宝を失った。

笑えるくらい、かわいそうだった。

祖父は「こんなビニール袋をそのへんに置いとくのが悪い!」と理不尽なことを言いまたもや逆ギレした。

もし、うちのおじいちゃんが歩いている姿を見た若者がいたら、さぞかし驚いただろう。
田舎道を歩くよぼよぼのおじいちゃんが、劇レアなエアマックスを履いて、流行りのBEAMSの袋を背負って、なおかつドブに落ちているのである。

想像しただけで、笑えた。
おじいちゃん、ネタをありがとう。

あのエアマックス、どこいったんだろ。
結局、私は兄がエアマックスを履いてるところを見ることはなかった。

兄は高校生になり、BEAMSの袋は、いつの間にかTRANS CONTINENTSのショルダーに変わっていた。


あれから30年近く。
おじいちゃんは遠の昔に死んだが、
今でも兄はオシャレなままである。

今年、おじいちゃんの27回忌法要があるらしい。法事の日はお墓参りのあと、故人を偲んで親族14名で家族対抗ボーリング大会をする予定だ。

故人がボーリングが好きだったなんて、全くもって初耳だけど、まぁ、要はなんでもいい。

わんこそば対決みたいに、
また老若男女、みんなで楽しめたらいいな。

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