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【NZワーホリ恋愛体験談】⑤ブレない男の崩れた顔 ブラジルの男

☆これまでのあらすじ☆
オーストラリアのワーホリ後、日本に一時帰国した後、ニュージーランドのワーホリに出た30歳の私。
北島ヘイスティングスのバッパーでは多くの友人、そしてブラジリアンのレオと仲良くなる中、ある日職場で出会った人からデートに誘われた。
レオのことが頭をよぎりながらも、とりあえずデートに行ってみることにして…

☆用語解説☆
・ワーホリ: ワーキングホリデービザ(若者の異文化交流を目的とした就労可能なビザ)、またはその保持者。
・バックパッカー: 旅人。バックパックはリュックの意。
・バッパー: バックパッカーズホステルの略。安宿。
・パックハウス: 箱詰め工場。

※この記事はほぼノンフィクションです。誰かに迷惑が掛からないようちょっとだけフィクションを混ぜてます。

***
(本編ここから)

とにかくレオとはタイミングが合わなくなっていった。

ナイトシフトの私とデイシフトのレオ。しかも違うパックハウス。
お互いの仕事が忙しくなるにつれ、彼にバッパーで会うことも少なくなってきた。

一方でデートに誘ってくれた職場の人とは、仕事の日も休みの日もほぼ毎日顔を合わせていた。
とてもとても、私のことを大切に扱ってくれているのが分かった。

私の心は言うならばニュートラルにあった。
自分の気持ちなのに、どこにシフトすれば良いのか分からない。

私を大切にしてくれる人にこのまま寄り添って良いのか。
それともレオに対して気持ちは向いていたのか。

レオとまた以前のように会いたかった。
会って、話して、自分の気持ちを確かめたかった。
生来甘え切った私は、「こっちだよ」と誰かに導いてもらいたかったのだ。

でもこんなの誰かに相談するようなことじゃない。
正解なんてない。
自分の道を決めるのは、自分しかいない。
休むことなく流れてくるリンゴを眺めながら、ひたすら自分の気持ちを探っていた。


日本と違って他の国では『付き合う』ことの始まりはとても曖昧。
デートを重ねて、やがてお互いの気持ちを確認し、ボーイフレンド・ガールフレンドと誰かに紹介をする。
各国でそのお作法は種々あるようだけれど。

職場で出会った人とはカフェから始まり幾度か仕事前のデートを重ね、何度目かのデートの後、私たちもボーイフレンド・ガールフレンドと公言するようになった。

すれ違う日が続いていたけれど、兄のように慕っていたレオには私の口からボーイフレンドのことを報告する機会を窺っていた。
でも、遅かった。

「カナコにボーイフレンドが出来て寂しくなるねー。」

同じテーブルに居たレオを茶化すように韓国人Sが言ったのだった。
まだ付き合い始めて間もない頃で、仲の良いガールズには話していたけどあまり公にはなっていない頃だった。
レオに言うまでSに口止めしておけば良かったと、この時後悔した。

Sもレオがどんな反応するか見たかったんだろう。
思わずレオを横目で確認したけれど、一瞬驚いた顔を見せたものの、後はいつも通りだった。

気にし過ぎていたかも?
いやいやいや、でもちゃんと自分の口で言わないと。
みんなから祝福の言葉をもらいながら私は心の中で焦っていた。


あれこれ他愛もない話をしている間にレオがリビングを出たので急いで追いかけた。
「レオ!あのね、ボーイフレンドのこと、私から言いたかったんだけど…」

言いかけて、レオが振り返り厳しい口調で私の言葉を遮った。
「君のことはもう信じない。」

いつもの得意げな表情は消え、大きな目を更に大きく見開いた、今まで見たこともない顔をしていた。
初めて見る、憎悪を感じさせる表情。
あんな顔を誰かに向けられたのは初めてだった。

兄のように慕っていたけれど、どうやらレオ自身も他の友人たち同様に、私が彼に恋愛感情を抱いていると思っていたようだ。
私は彼に甘えすぎていたのだ。
恐怖、焦り、絶望、いろんなネガティブな感情が私の中で錯綜した。


実は私はこういうことが何度かある。
老若男女関係なく、素敵だなと思うと無意識に前のめりになってしまう。
私には到底考えもつかないアイディアや発言をする人、自分と全く異なるタイプの人に惹かれるところがある。

まだ私がワーホリに出る前、仕事関係の集まりで私の興味のある話をスピーチしていた年配の方が居らした。
会場に大勢の人が居たにも関わらず、私があまりにもキラキラした目で熱心に聞いていたからと、後で声を掛けられたことがある。
似たような状況で「次男の嫁に」と名刺をもらったこともあった。

興味があると、もう目が違うんだそうだ。
てか、みんなそうなるもんじゃないの?隠せるの???

「俺のことが好きなんだと思ってた」「あの人が好きなんだと思ってた」
そう言われたのは、1度や2度じゃない。
そう言われて、え?私そうだったの?と毎回自問自答をするのだ。

それを、またやってしまった。
30にもなって未だに人との距離感が掴めていないなんて…。


何も言えずにレオの背中を見送り、リビングに戻ってSに泣きついた。
「どうしよう!
レオがものすごく怒ってる。どうしよう…。」

「なんで?そんなワケないよ。なんでレオが怒るの。」
きょとんとしてSは笑った。

Sに縋っていたタイミングで、リビングに戻ってきたレオにSが声を掛けた。
「Hey レオ!
カナコが、レオが怒ってるって心配してるよー。」

声にならない悲鳴の私。
もういいからS、レオには何も言わないで!(泣)

「僕が?怒ってないよ。」
レオはフッといつもの不敵な笑みを見せた。

「ほらね、カナコ心配し過ぎだって!」
笑うS。
笑えない私。

それからはもう消え入るような気持ちで、その日一日を静かに過ごした。


翌朝、バッパーの廊下で仕事前のレオとバッタリ会った。
「Hi」
引きつった顔で挨拶し、そのまま大人しく消えようとしたら呼び止められた。
「カナコ!」

名前を呼ばれただけで嬉しくて泣きそうになった。

「ごめんなさい!
レオには私の口からきちんとボーイフレンドのこと言いたかったの。
だけどあんな風に伝わってしまって。」

一気に言った。
ちょびっと涙腺が緩んでた。

「うん。僕も君から直接聞きたかった。」
落ち着いた彼の声。
まっすぐな彼の目が私を捉えた。

「もうあなたと話せないかと思って寂しかった。
私、友だちとしてレオのこと大好きだから。」

LIKEは異性に使うとやはり大きな意味を持つ。
だから「友だちとして」を付け加えた。

こんなに強い力で誰かに抱きしめられたことはないというくらい、彼はぎゅうっとハグをしてくれた。

「僕も君のこと大好きだ。」

涙が零れた。
仕返しで私も腕に力を込めた。
見上げるとレオはまた違った見たことのない顔をしていた。
濃い眉毛を八の字にして、優しくて、小動物を愛でるような顔だった。

私は本当にレオが大好きだった。
周囲に指摘されて初めて意識したけれど、自分でも気づかない内に、かすかに「友だちとして」以上の想いがあったのかもしれない。


その後間もなくしてレオが別にシェアハウスを見つけ、バッパーの友人たちが一斉にそこへ引っ越した。
これは仲の良いバッパーのみんなでずっと画策していたことだった。

大好きな仲間たちみんなで、もうちょっと安いところに一緒に暮らせたら最高だと、いつも話していた。
てっきり夢で終るかと思っていたけれど、レオは忙しい仕事の合間に物件を探し、大家さんと交渉し、それを実現させたのだ。
だから彼にはしばらく会えなかったのだ。

以前は私も一緒に同じ夢を語っていたけれど、このみんなの引っ越しを機にボーイフレンドの元へ引っ越した。


一度シェアハウスでのパーティーにボーイフレンドと共に招待されて訪ねたことがある。
レオがシェアハウスの中を一通り案内してくれて、最後に案内された彼の部屋で少しだけ二人きりになった。
シェアハウスでもやはり彼が取りまとめ役となっていて、ちゃっかり一人部屋をゲットしていた。

二人だけの彼の部屋。
開いたままのドアの向こうではパーティーを楽しむみんなの声が聞こえる。
何を言えば良いのか分からず、私は言葉を探していた。
以前のようにはいかない距離が私達の間にはあった。

「みんな居るから。
いつでもおいで。」
静かに、レオはそれだけ言った。

その目があまりに優しくて、嬉しくて、少し恥ずかしくなった。
胸がきゅうっとした。


レオと会ったのはそれが最後。

だいぶ経ってから一度だけ、「ニュージーランドを出る。元気で。」というシンプルなメッセージが来た。
レオからの初めてにして最後のメッセージだった。

なかなか静まらない胸の高鳴りは、ボーイフレンドには内緒にした。


私はレオじゃない人を選んだ。
その人が今の夫。
後悔はない。

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