【NZワーホリ恋愛体験談】③愛していると言ってくれ フランスの男(後編)
☆これまでのあらすじ☆
オーストラリアのワーホリ後、30歳でニュージーランドへのワーホリに出た私。
北島ヘイスティングスのバッパーでたくさんの友人たちに恵まれ、リンゴのパックハウス(箱詰め工場)の仕事をする日々だった。
周囲とは孤立気味の少し影のあるフランス人、アーノルドと親しくなって…。
☆用語解説☆
・ワーホリ: ワーキングホリデービザ(若者の異文化交流を目的とした就労可能なビザ)、またはその保持者。
・バッパー: バックパッカーズホステルの略。安宿。
・ファームジョブ: 畜農産業。稼げる上に、NZやAUSでは一定期間以上この産業下で働くとワーホリ期間が延長できる。
※この記事はほぼノンフィクションです。誰かに迷惑が掛からないようちょっとだけフィクションを混ぜてます。
***
(本編ここから)
ある日の休憩中、いつものように同じバッパーのみんなで職場のダイニングルームのテーブルを囲んでコーヒーを飲んでいると私の携帯にメッセージが届いた。
送信者は隣に座っていたアーノルドだった。
どういうこと?
不思議に思って隣を見ると、彼はテーブルの下に携帯を持っていて、私にメッセージを見るよう視線で合図した。
メッセージを開くとたった1行の質問。
「明日の休み、二人で出かけない?」
え?
驚いてまたアーノルドに向き直り、どういうこと?と目で訴えた。
「で、君はなんて答える?」
アーノルドは私を見つめて静かに尋ねた。
数人が私達の様子がおかしいことに気づき、心配して声を掛けてくれた。
「カナコ、どうした?
大丈夫?」
Yeahと軽く返したけど、自分の心臓の音がうるさくてあまり耳に入らなかった。
これは、何?デートってことだよね?
アーノルド本気なの?
彼がジョークでこのメッセージを送っている可能性もあると考えた。
じっと、アーノルドの緑掛かった 目を覗き込んでその真偽を図る。
彼は少し緊張しているようだった。
彼の目を見たまま小さく首を振った。
「No」
英会話もまともに出来ないのに、面倒くさい難儀な性格のアーノルドと一緒に出掛けて何を話したら良いか見当もつかない。
彼のよく分からない言動に振り回されて疲れるだけな気がする。
「え、No?!」
普段から表情を崩さない彼が少し間の抜けた声を出した。
その慌てたリアクションから、私の答えがまるっきり予想外だったことが分かった。
「うん、No。」
もう一度はっきり答えた。
アーノルドは驚いてちょっと笑いそうな顔で私をまじまじと見つめた。
彼の素の表情がやっと垣間見られたようで、私も興味深く思って見つめ返した。
周囲は私たちのこのやり取りを不思議がったけど、休憩が終るからとうやむやにして仕事に戻った。
後でオランダ人Aに心配して尋ねられた。
「さっきのアーノルドとのやり取り、何だったの?大丈夫?」
Aとは二人だけのポジションを任されることもあって、当時はよく一緒にいた。
なので彼女にだけはアーノルドからのメッセージのことを打ち明けた。
Aはしばらく沈黙したまま考え込んでいたが、少しして周囲に二人しか居ないことを見計らい話し始めた。
「インド人の姉妹いるじゃない?
家族で同じバッパーで、ここでも同じナイトシフトに入ってるんだけど、分かる?」
とても小柄でパッチリと大きな目が印象的な二人を思い浮かべた。家族で出稼ぎに来ているようだった。
バッパーのリビングでも時々見かける一家で、お互いシフトも一緒だし会えば挨拶をする間柄だった。
お姉さんの方はやや気が強そうで、妹さんはいつもお姉さんの後ろに控えているような二人を思い浮かべ返事をした。
「うん、分かる。
可愛い子たちだよね。」
Aはどう話したら良いものかと苦心しているようだった。
「私はその姉妹と同じガールズドーム(女子部屋)にステイしてるのね。
今日の午前中、私はまだベッドの中で、姉妹はもう起きてたみたいで部屋を出入りしてて。
部屋の外からアーノルドの声がしたの。」
Aは慎重に続けた。
「アーノルドがその子をデートに誘ってたのよ。」
は?
「どっちに…?」
恐る恐る尋ねた。
「たぶんお姉さんの方。」
チラッと私の顔を窺うA。
「良かった!
ってもお姉さんの方も相当若いよね?」
Aも同調した。
「若いよね、絶対!
妹さんなんて働ける年齢なの?って最初ビックリした。」
二人ともとても幼く見えて、12、13歳くらいと言われても納得できるほどだった。
Aは私の反応にホッとしたのか更に続けた。
「でね、それを家族に報告したみたいで、彼女のお父さんがアーノルドに対して娘に近寄るな!ってすごく怒ってるみたい。」
Oh…。
「てことは、そのインド人の子に断られて私に来たのか。」
じゃあ私はそんなに深刻に捉えなくて良いっぽい?
「アジア人が好きなのかな…。」
ちょっと考えてボソッと私。
「インドもアジア?そっか、アジアか。」
「オリエンタル?」
「そっちの方がしっくりくるね。」
なんて話しながら私達はアーノルドのことそっちのけでガールズトークに花を咲かせ、またボスに睨まれた。
仕事が終り、いつものように帰宅して順番にシャワーを浴び、リビングでグッタリ。
ナイトシフトを終えてそれぞれのパックハウスから帰って来るみんなと一緒にお喋りしていた。
私はこの時間が一番好きだった。
そんなゆったりまったりした時間、ベースメントから急に、叫び声とも雄たけびともとれる声が聞こえた。
物が壊れる音もした。
私達のリーダー格となっていたブラジリアンのレオが、ガールズはリビングで待つようにと告げて幾人かのボーイズを引き連れ下に見に行った。
アーノルドだった。
レオ達が様子を見に行った時には既に彼は落ち着いた様子で、しばらくして自分で壊したカップを片づけたそうだ。
人に変なところを見せたくないアーノルドの、束の間の乱心だった。
…私?
いや、私だけじゃないよね?
アーノルドは常に平静を装っているけど、とんでもなく寂しがり屋なんじゃないかとは思っていた。
誰かと関わりたくて仕方ない。
だけどどう関わったら良いのか、彼自身もわからないんじゃないかと。
彼は何でもないようにいろんな人と話す。
だけどクセのある彼との会話は周囲を疲れさせ、人々は彼と距離を取るのだ。
レオ達もアーノルドの様子を見には行ったけれど、誰一人彼の心の内を尋ねることはしなかったようだ。
どんな顔をしてアーノルドと接すれば良いのかとモヤモヤしていたけれど、その後の彼はこれまで通りだった。
何もなかったことになるのかな?と、正直ちょっと胸を撫でおろしていた。
後日。街でイベントがあり、みんなで車を乗り合わせて見に行こうと話していたときに、アーノルドが耳元で囁いてきた。
「ガールフレンドになるなら僕の車に乗せて連れて行ってあげるよ?」
アーノルドはその少し前に赤い二人乗りのスポーツカー(ポルシェだったかな?)を買っていて、いっとき話題の的だった。
「ならないよ。
でもカッコいい車だよね。」
一応褒めた。
アーノルドはニヤッと笑って、
「乗りたくなったらいつでも言って。」
と別の女の子を誘ったようだった。
アーノルドの本当のところは分からない。
彼はその胸の内を話すことはなかったけれど、体全部で彼自身のまとまらない思いを表現しているような人だった気がする。
何でもないような表情の下で、常に「誰か愛して」と訴えているような。
でもそんなこと、彼は絶対に言わないだろう。
さらけ出して誰かに頼ることができればきっと楽だっただろうに。
女の私が彼の心の深いところに手を差し伸べることが何を意味するか、何を期待させるのか分かっていた。
だから冷たいようだけれど、私から彼に対して特段することも、言うこともなかった。
やがてリンゴのシーズンが終り、仕事も終り、みんな散り散りになった。
アーノルドはオークランドへ移り、バーでウェイターをして永住権を目指しているといったメッセージが一度来た。
ウェイターで永住権が取れたのはずいぶん昔の話で、当時はもうワークビザでさえ取得するのは難しかったはずだ。
彼が今どこで何をしているか分からないけれど、彼自身が心から愛し愛される人と出会えていれば良いなぁと思う。
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