見出し画像

【ワーホリ国際恋愛体験談】㉓内緒のはなし バイロンベイの男2 (後編)

☆前回までのあらすじ☆
29歳の時に初ワーホリでオーストラリアへ!
1年間のワーホリ期間が終りに近づき、会いたかった人たちに再会する旅に出ることに。
最も恋焦がれたのはバイロンベイで出会った才能溢れる画家、妻帯者のロンで…。

ロンとのこれまではこちら↓

☆用語解説☆
・ワーホリ: ワーキングホリデービザ(若者の異文化交流を目的とした就労可能なビザ)、またはその保持者。
・バッパー: バックパッカーズホステルの略。安宿。

※この記事はほぼノンフィクションです。誰かに迷惑が掛からないようちょっとだけフィクションを混ぜてます。

***
(本編ここから)

彼はハンドルに真面目な顔を乗せてしばらく考え込み、車を発進。
少し離れたモーテルで車を停め、フロントでキーをもらい、私たちは手を繋いで黙り込んだまま部屋に入った。

部屋は意外に広かった。

「ここしか無いって言われて、ファミリールームだって。
本当はもっと、ちゃんと調べてキレイなとこにすれば良いんだけど。
ごめん。」

ロンは申し訳なさそうに、照れくさそうに笑った。
まだ本当は迷ってる自分がいて、ちっちゃく笑顔で返した。

沈黙。

ふたりとも緊張してた。
恐らくふたりとも、迷ってた。

「君が嫌なら、もちろん何もしないから」

真面目ぶった緊張した顔で彼は言う。
握った手が熱い。

こんなときはどうしても意地悪をしたくなってしまうのが私だ。

「…じゃあ、話すだけでも良いですか?」

そう言って、チラッとロンの顔を覗き見。

「えっ…、話す、だけ?
うん…そりゃあ、もちろん。」

慌てるロン。
もちろんって顔じゃない。
思わず笑ってしまった。

「なんだよもう」
私が笑ったのでロンもからかわれているのだと分かり照れている。

こんな風にふざけ合えるだけで良いなぁ。
今更ながらに思った。

彼は凄い人。
これまで想像もしなかった美しい世界を魅せてくれる、才能のある人。

私はそんな彼の美しい絵を見られれば嬉しかったし、ましてやそんな世界を生み出す人とこうして親しくなれるなんて思いもしなかった。

彼を奥さんから奪いたいというんじゃない。
ほんの少しで良い。
彼の作品の糧に少しでもなれるのなら、それで良いと心から思えた。

私は彼の才能の崇拝者となっていた。

私のペースを断ち切ろうとしたのか、彼はそっとキスをしてきた。
私ももう笑えない。

車の中のときよりも激しく、深く、キスをした。


この日はモーテルには泊まらなかった。
もちろん彼はそんなワケにはいかないし、私も彼の居ない場所で余韻に浸りたいという気分でもなかった。

遅くならない内にバッパーまで送ってもらい、お互い言葉少なに別れた。
彼の現実と、止まらない気持ちに、困り果てていた。

翌日はどこにも出かけずバッパーに籠もった。
もしうっかりロンに会ったりでもしたら、どんな顔をすれば良いのか分からなかったから。

2日後、思い切ってビーチ近くの公園に行ってみた。以前再会したときに彼が奥さんと居た場所だ。
もうすぐタイムリミットを迎えるワーホリ生活だったし、あまりのんびりしてはいられなかった。
彼が居れば良いなという淡い期待を持って出かけた。

彼は居た。
ひとり。

やはり以前同様に彼の絵に立ち止まる人は多かった。
そんな人々に紛れて彼に近づく。
相変わらず彼の絵は眩しいほどに素晴らしい。

私に気づいて嬉しそうな表情の彼。
だから、無邪気にそんな顔をしないでよ。

「あのね、君に今日また電話しようと思ってたんだ。
まさか会えるなんて。」

人目も気にせずはにかんだ笑顔を見せる。
私は人目を気にして余所行きの笑顔を返した。

「あの後、思ったんだ。
君をデートにも誘わず、いきなりあんなところ連れてっちゃって。
僕、最低だなって。

だから、君をデートに誘いたいんだけど、食事とかどうかな?」

恐縮しながら、まさかのデートの誘いだった。

いやだって、あなた奥さん居て、私たちそんなおおっぴらに出かけたりなんて出来ないんじゃないの?

「それは、もちろん嬉しいけど。
・・・良いんですか?」

心配。

「うん。
あの、特に嫌いなものとか無ければ、美味しいとこあるからそこ行こうと思うんだけど。」

昔から私は好き嫌いがほとんどない。
彼のおススメの場所でお願いした。


デートはその翌日。
奥さんには画材を買いに行くと言って出てきたそうで、少し離れた大きな町に遠出することが出来た。

その町ではまるで私は彼の恋人のようで嬉しかった。
オススメのカフェのランチも本当に美味しかった。

言い訳の画材も揃えて、15時。
画材を揃える理由でそれほど長居することも出来ないので、あっという間にデートは終わりの時間に差し掛かる。

車に戻って私は彼にお礼を言い、報告をした。

「明日、ここを出ます。」

前日デートに誘われた後で、そのままバスのチケットを予約しに行ったのだ。
どうせワーホリの期限は迫っているし、何よりもう彼と一緒には居られない。
私自身が彼に多くを期待してしまうようになるのが恐ろしかった。

「明日?!そんな、急に?」
彼は驚いて私を見た。

「以前からもうチケットは取ってあったから。」
笑顔で小さな嘘をついた。

「そうか。帰っちゃうのか。」
がっくり肩を落とすロン。

本当にがっかりしているのか、ホッとしているのか。

恨めしそうな目で見られ、キスしてきた。
キスの前のエクスキューズはもうない。

「君は美しい。本当に。」
私の顔をまじまじと見てロンが言った。

「気づいてる?
君の目には不思議な力が宿っているんだよ。
だれもが君に注目せずにはいられないんだ。」

外国人てみんな、長年連れ添って年をとってもこんな言葉を言ってくれるのだろうか。
もしそうならなんて素敵だろう。言われ続ける女性はきっと幸せだ。

ああでも、そうじゃないから彼は私とこうしているんだ。
結局熱しやすいものは冷めやすいということか。他の国では離婚率がものすごく高いって言うしな。
なんて、甘いシーンでも私の頭は結構冷静だった。

彼は助手席の私に覆いかぶさるようにハグしてきて、耳元で囁いた。

「君と、したい。」

冷静だった脳みそも急に沸騰しそうになる。

そんなワガママ、あなたの立場では出来ないでしょ!
あなたが帰らなくちゃいけないんでしょ!
と彼を叱りつけたかった。

「無理なんだから、そんなこと言わないでください。」

そう言って彼の肩に顔を乗せた。
彼の服に私の跡を残すわけにはいかなかったから、メイクがつかないように注意した。

彼の言い訳の範囲で収まるタイムリミットは迫っている。
時間を惜しんで彼は私に触れ、キスをし、やがて無言のままエンジンをスタートさせた。


バッパーに着き、改めてお礼を言って別れの挨拶をした。

「あなたの描く作品を、これからも楽しみにしています。」

笑顔でそういった私は、そのときは本当に悲しくはなかった。
半年前の別れの時のような後悔も全くなかった。
私は彼に求められて満足していたのかもしれない。

ロンとはそれで終り。
お互い連絡を取り合うことはしなかった。

もちろんバイロンベイを出てからはちょっとした時間が出来るたびに彼を思い出し、何も手につかないことは多かった。

また会いたかった。
時間を気にせず彼の絵を眺めていたかった。

だから忙しく旅をして、考える時間を作らないようにした。


やっぱり彼の作品を愛する単なるファンだったのかもしれないと思えたのは、だいぶ後のこと。
彼はその後作品が大きく評価されて忙しくしているらしいことを、ちょっとしたニュース記事で知った。

そんなことは当然。
と、いちファンは誇らしく思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?