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【読書】おいしいものと恋のはなし

2019年6月6日に作家の田辺聖子さんがお亡くなりになりました。心から御冥福をお祈り致します。

訃報を知ったときに頭に浮かんだのはこの本でした。私が持っている田辺聖子さんの唯一の本です。他の用事を先送りにしてでも今はこの作品を読まなければ、という思いに駆られました。

+++作品紹介+++

恋愛の甘みと少しの苦味、そして大切な人と食べる美味しいものが詰まった恋愛短編集。

友達の恋愛相談を受けながら食べる焼肉『卵に目鼻』、結婚する気のない男との旅行で買った駅弁『ずぼら』、お見合いの世話人の家でご馳走になるライスカレー『婚約』、バレンタインチョコに振り回される『金属疲労』、恋人との別れの前に食べるお好み焼き『わかれ』、単身赴任の妻がいない寂しさを紛らわせてくれる大衆酒場『夢とぼとぼ』、守銭奴の同僚が買ったバースデーケーキ『ちさという女』、浮気した夫と食べる真夜中のビフテキ『どこがわるい』、別れた恋人と食べる葱やき『百合と腹巻』、9編の物語。

+++恋愛の味+++

おいしいものを美味しそうに表現するのは言わば当たり前ですが、この作品は恋心を甘味のある、でもどこかほろ苦さをも感じる表現が秀逸です。

秘密は自分だけがこっそりと瓶に蓋をして、貯えておけばよい。そして、ときどきそっと蓋をあけ、柄の長い銀のスプーンをおろして、静かに内容(なかみ)をかきまわし、一さじすくいあげる。舌にうけた甘い秘密の蜜の味を、音なく嘗めてたのしんでればいい。  (引用・『卵に目鼻』)

一見耽美で円やかだけど、瓶からなかみが溢れたとき、かきまわすのを忘れてなかみが固まったとき、果たしてその恋はたのしむことが出来るのか――想像すると少し怖いです…。

最初は言葉を交わせた、目が合った、とささやかな甘さを味わって満足しているのに、嘗めるだけじゃ物足りないと、ついには相手が自分の思い通りの行動をしないと気が済まなくなる。

人それぞれ味覚が違うように恋の育て方もひとりひとり違うのです。自分が甘いと感じていても相手は渋いと思っているかもしれません。そのことを忘れてしまうとおいしいものも冷めておいしくなくなってしまうのではないでしょうか。

+++男女観について+++

全体を通して(一部例外もありますが)結婚に淡泊な男性と二十代のうちに結婚したい女性が描かれています。

その男女観は古い、と思う方もいるかもしれません。実際に私も読んでいる途中で「この作品、初めて刊行されたのは何十年前なのだろう?」と思いました。(言うほど昔ではなかった…)

しかし、現代でも結婚に懐疑的な方はいるし逆に早く結婚したいと思ってる方もいます。そして夫婦間のアルハラ、モラハラ問題も絶えません。

綺麗事だけではない男女の恋愛のリアルが詰まっているからこそ、読む人によっては不快になるかもしれないし又は納得できるかもしれない。

お腹が空いてる時は心も荒みやすいと思います。好きな相手にイライラしてしまうときはおいしいものを食べて、心と身体を満たすこともひとつの解決策なのだと、この作品を読んで感じました。恋愛で迷ってしまった時にオススメしたい作品です。





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