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ボイスドラマシナリオ:「花冷えのころ。」


【前書き】

皆様、お疲れ様です。
カナモノです。

何か最近、暗い話書いてばっか何で。
恋愛もの書いてみました。

少しの間でも、誰かに寄り添えることを願います。


【花冷えのころ。】

作:カナモノユウキ


《登場人物》
・川上花道(27)町の役場に勤める青年、高校時代に朱香を見掛けてから一目惚れをしていた。
・蒼乃朱香(26)高校の先輩である花道に片思いを続けていた、町にある親の印刷会社勤務。親の言い付けで制約結婚をすることになり、町を離れることになった。

海の傍にある小さな駅、日に数本の中でも一番早い電車を待つ花道。

花道「(手を温める様に)はぁ~。もう四月なのに手が冷える。こういう日のこと、〝花冷え〟って言うんだっけ…。」
朱香「そうですよ。桜が咲く時期に寒さが戻る頃のことらしいです。それに、ここは海からの風で更に冷え込むから。」
花道「…そうですね。確かに…電車を長く待つのには適さないかも。…いつもこの時間にいますよね?」
朱香「早く会社に行きたくて…って言うのが口実で、ここからの海を眺めに朝早く来ているのが本音です。貴方は?」
花道「僕も似たよな感じです、ここからの海を見ないと…一日が始まらない。」
朱香「分かります、この町にいると何処からでも海は見えるけど。何故だかココが一番…綺麗に感じる。貴方の声、初めて聞いたけど…何だか優しい感じだったんですね。ちょっと意外。」
花道「どんな声だと思っていました?ぶっきらぼうな感じとか?それとも、小さくて聞こえにくいとか?」
朱香「どっちかって言えば、カッコいい感じかなって。でも想像以上に、聞きやすくて。安心しました。」
花道「怖がらせてないなら良かった…それに、貴女も優しくて…綺麗な声だ。」
朱香「そう…ですか?初めて言われた。職場の人や家族からも声を褒められたこと何んてなかったから。」
花道「嫌でしたか?」
朱香「いいえ、嬉しいです…ありがとう。あの、今更何ですけど…お互いの名前。まだ知らないですよね?」
花道「え?あ、そうでしたね…あの、僕は川上花道です。川の上でかわかみ、花道は花の道って書きます。」
朱香「私は、蒼乃朱香です。蒼天の蒼にすなわちの乃、朱色の朱に香りいの香で朱香。」
花道「綺麗な名前ですね…蒼と朱、朝焼けみたいだ。」
朱香「私の父も、それを込めたって言っていました。朝日の様に美しく、日の香りの様に穏やかにと。」
花道「とてもいい名前ですね、僕と比べてしまうと…羨ましい。」
朱香「良い名前じゃないですか、花の道って。何だか木漏れ日が似合いそうな名前じゃないですか。」
花道「そんなこと言われたの初めてで、嬉しいです。いつも、小バカにされやすくて。」
朱香「小バカにする人は、きっとこういう海を見ても、綺麗って言えない人ですね。」
花道「確かに。長い電車の待ち時間に海を眺めて楽しむなんて…しなさそうです。」
朱香「何だか、初めて話したのに…そんな気がしないですね。」
花道「あの…実は僕はいつも、貴女のことを…蒼乃さんのことを、知っていました。あの、学生の頃から。」
朱香「私も、川上さんのこと…知っていました。いつも同じ時間に、同じこの場所で、一緒に居ましたよね。」
花道「そう…ですね。じゃあ、お互いに認識はしていたんですね。学生の頃からだから、もう十年もお互いに。」
朱香「本当、今更ですけど…話してみたかったんです。川上さんと。」
花道「僕もです、蒼乃さんがいつも海を眺めているのを見掛けて…僕と同じで、この海を眺めに来ているのかなって。」
朱香「本当…もっと早く、声掛ければよかったです。」
花道「もし良ければですけど、今からでも僕と仲良くなりませんか?」
朱香「…それは、難しい申し出ですね。私、これから…ここを離れるんです。だから、今日でこの眺めを見るのも最後で。」
花道「そう…だったんですね。それは、とても残念です。」
朱香「私も…やっと川上さんに声を掛けて、お話しできたのに。」
花道「ちなみに、何処に行くんですか?東京?大阪?もしかして北海道?」
朱香「東京に。あの…両親に〝仕事〟を紹介されて、転職するんです私。」
花道「そう、なんですね…。それは残念だ。」
朱香「本当に、残念。…でも、今日のこの時間と…この景色が一生の宝物になった。川上さん、ありがとう。」
花道「いや、僕は何も…。あの、大丈夫ですか?」
朱香「何がですか?全然、大丈夫ですよ。…私は、ぜんぜん。」
花道「嫌なんですか?東京に行くのが。」
朱香「…この景色を見られなくなるのが、悲しくて。」
花道「それだけ、ですか?」
朱香「…それだけ、それだけです。」
花道「…朱香さん。少し、寒いですよね。」
朱香「え?今…。」

朱香を抱きしめる花道、そこに遠くから電車の近づく音がする。

花道「電車が来るまでの間だけ、このままで…。」
朱香「…ありがとう、花道さん。」

ナレーション:花道
あの時は波の音も、電車の走行音も、その時は聞こえなかった。
ただ彼女の呼吸と、鼓動のリズムだけが僕に〝さよなら〟と、告げる様に聞こえただけだった。

ナレーション:朱香
その時の彼の腕は、花冷えのころとは思えない程温かくて。
彼の鼓動の速さと、抱きしめる腕の強さが、私の今までの想いを優しく抱きしめて。
これからの人生で、何度も思い返す瞬間を私にくれた。

花道「それから、彼女に再会するのは…僕が四十歳、彼女は三十九歳。夜縹の様な海が綺麗なこの駅だった。」


【あとがき】

最後まで読んでくださった方々、
誠にありがとうございます。

…あれ?結局悲しい恋愛?
と思ったんですが、次に書く「夜縹を共に。」に続きます。

どうなるんですかね?この二人。

では次の作品も楽しんで頂けることを、祈ります。
お疲れ様でした。

カナモノユウキ


【おまけ】

横書きが正直苦手な方、僕もです。
宜しければ縦書きのデータご用意したので、そちらもどうぞ。


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