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アブストラクトゲームの有限さ

先日、代表的なアブストラクトゲームのひとつオセロ (※1) の解決を証明したという論文が話題になりました。

論文は査読前で、アルファ・ベータ探索法を改良したプログラムを使用しています。膨大なゲームツリー探索の計算量を減らすために複数のアルゴリズムを組み合わせており、証明の妥当性にはついてはまだ疑問の声もあるようです (※2)。

もっとも、オセロは一定の手数のうちに終了することが保証されている有限ゲームであり、その性質上「最善手では先手勝ちか、後手勝ちか、引き分けか」が必ず決定できます。仮に今回の論文の証明が認められなかったとしても、コンピュータの計算能力が向上し続けるのであれば、いつか必ず解決はなされると考えられるわけですね。

これは基本的にアブストラクトゲームに共通する性質であり、千日手で無限に循環しうる(千日手になったときどうするかのルールがない)ような欠陥のあるゲームでないかぎり、チェスも将棋も囲碁も、このジャンルのゲームにとって解決は(ゲーム側の問題ではないという意味で)「時間の問題」なのです。

上記のニュースについて、「オセロってまだ解決されてなかったんだ」という反応が散見されました。

私はアブストラクトゲームのデザイナーを自称していることもあり、さすがにオセロがまだ未解決であることは知っていたのですが、実のところ理数系の素養は無いに等しいのです。そのようなわけでAIが高度に発達したこの時代に、64マスの狭いスペースで行われ、60手以内に必ず終了するようなゲームがまだ未解決であったということには素朴に不思議さを感じていました。

ゲームの解決の難しさは、単純に指し手の分岐(ゲームツリー)が巨大すぎるという理由によるものです。もとの要素が限られていても、それを掛け合わせていくととんでもない数になる(組み合わせ爆発)ことが知られています。

オセロを例にとると、可能な最終局面(60手目の盤面)の数だけでも10^18 (10の18乗)程度、途中の可能な局面の数をすべて合わせた数(状態数)は10^28程度と見積もられています (※3)。10の28乗は「1穣」(億→兆→京→垓→𥝱→穣)らしく、果てしのない数であるということはわかるのですが、数学慣れしていない身にとっては数字だけではまだ実感が湧きません。

なにか比較になるものはないかな、ということで、以前宇宙の広大さに関して「全宇宙に存在する恒星の数は地球上に存在する砂粒の総数より多い」という説明を見かけたことを思い出しました(これ自体が合っているのかどうかは知りませんが)。ハワイ大学の研究チームによるおおまかな算定によると、地球上(砂漠と海岸に限っているようですが)に存在する砂粒の数はおよそ7.5×10^17個 (※4) とのこと。これが本当であれば、オセロの可能な局面の数は地球上に存在する砂粒の総数よりずっと多いということになります。

「地球上にある砂粒の数」なんて、日常的な文脈では「無限」の例えにでも使われそうなものです。将棋や囲碁に比べれば単純そうにみえるオセロであっても、そこに内包されている「有限」は、生身の人間には無限と区別がつかないような「有限」なんですね。

アブストラクトゲームの「有限」についてもう一つ、よく考えるのが、ゲームデザイン上の有限(の可能性)です。

アブストラクトゲームは(ユーロゲーム風の複雑なものもありますが)、通常は比較的シンプルなメカニクスの組み合わせから成り立っています。ゲームの歴史はすでに長く、もうそろそろ新しいアブストラクトのアイディアは生まれなくなるのではないか、今年は面白いゲームがあったけど来年からは、…というような漠然とした不安がよぎることがときどきあります。

そういうときに思い出すのが「俳句有限説」です。これは俳句はわずか十七音だけで成り立っているので、成立可能な有意味な句はいつか出尽くして俳句という詩形は終了するだろう、という考えのことです。

この説をもともと唱えていたのが、誰あろう俳句の近代化を推し進めた正岡子規その人でした。彼は錯列法(順列組み合わせ)による計算から考えても、俳句は明治の間に尽きるだろうと、まだ若い頃に『獺祭書屋俳話』(1892年)に書いています。

数学を修めたる今時の学者は云ふ。日本の和歌・俳句の如きは、一首の字音僅に二、三十に過ぎざれば、之を錯列法に由て算するも、その数に限りあるを知るべきなり。

その窮り尽すの時は、もとより之を知るべからずといへども、概言すれば俳句は已に尽きたりと思ふなり。よし未だ尽きずとするも、明治年間に尽きんこと期して待つべきなり。

『獺祭書屋俳話』
正岡子規 (Wikimedia Commonsより)

この想定がまったくの間違いであったことは歴史が証明する通りです。実際には俳句は大正、昭和、平成、令和と、時代を超えて新しい表現や作風を生み出し続けています。2020年には角川俳句賞の最年少記録が岩田奎氏によって38年ぶりに更新されたことが話題になりました。もうそろそろ尽きるのでは、と思われていた頃から余裕で100年続いているわけです。

アブストラクトはたしかに単純なメカニクスの組み合わせでできていますが、子細に見てみれば配置のルール、移動のルール、捕獲のルール、手番順のルール、勝利条件の種類、駒の種類、ボードの種類など、それなりに多くの変数があります。64マスしかないオセロの局面数を考えても、潜在的には無限と思えるような組み合わせの可能性があり、その中には斬新で面白いゲームがまだまだいくらでもあるのでしょう。

毎年新しいアブストラクトのアイディアに出会うたびに、なんだかんだで新しいゲームはずっと考案され続けるのだろうなと思い直しています。


脚注
1. Hiroki Takizawa 'Othello is Solved' 2023年11月15日
2. 小谷太郎 「「オセロが解けた」ってどういうこと? 今後もゲームは成り立つのか」 Yahoo!ニュース (JBpress)、2023年11月12日
3. 田中哲郎 「ゲームの解決」『数学』 2013年65巻1号 p. 93-102
4.  Robert Krulwich 'Which Is Greater, The Number Of Sand Grains On Earth Or Stars In The Sky?' KUNC News, 2012年9月17日

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