3)以前、女子プロレスラーになりたいと思った経緯について

とににかく、かっこいいから。千種のそばに行きたかったから。

選手たちが必死の形相で闘う姿に、当時、女子中学生だったわたしは心打たれた。負けない姿。立ち向かう姿。逃げない。倒れても起き上がる。殴られても、蹴られても、よろよろになっても、頭から流血してても、とにかく闘い続ける。テレビの前に座り、試合を見ながら応援し、見終わったあとは胸が熱くなったのを覚えている。選手たちはわたしにとってあこがれの存在だった。

そんな選手たちのなかでも、長与千種はひときわ輝いていて大好きだった。
いまはもう取り壊されてしまった横浜文化体育館まで応援に行った。自分の目の前で闘う千種の姿に、自分もいっしょに闘っているつもりになり、毎回、大声を張り上げて声援を送った。

場外乱闘になったときには、自分の数センチ先で千種が鉄パイプで頭を殴られてヘロヘロになっている。助けにいきたい、守ってあげたい。だけど悪役のあふれ出る怒りはものすごい怖くて、実際には一歩も動くことができなかった。

会場の生の熱気はとにかくものすごくて、テレビで見るのとは大違いだった。とにかくすべてが熱かった。選手の汗も、振り乱された髪の毛も、観客の叫び声や声援も、嵐のように飛びかう紙テープも。いろんなものが非日常だった。会場で応援しているときは、フツフツと体中の血が煮えたぎった感じがして、終わったあとはほどよい疲労感と爽快感が残って、次はいつ来られるのかと興奮しながら駅まで歩いた。

わたしの中の千種という人のイメージは今でも勝手に大きく膨れたままでいる。昔と変わらない千種の姿をテレビのニュースで知ってうれしくなった。アナウンサーによると、たまたま男女の言い争いに出くわし、手が出ていた男の人を千種が止めに入ったということだった。千種は「自分は元プロの選手だから、手を出すことはできない。」とコメントしていた。だから男の人に殴られっぱなしで、女の人を助けたという話だった。千種らしいなと思った。「悪い人はやっつける。自分は手を出さない。」という真っすぐな姿に懐かしくなった。外見は変わっても、わたしが想像していた千種のまんまでうれしくなった。

千種に会いたいな~。前はチケット買えばいつでも会いに行けたのにな~。

とにかく憧れしかなかったから、自分がレスラーになって、相手を痛めつける、相手を傷つける。そんなことは考えたこともなかった。当時の担任との進路面談のときに、「将来は女子プロレスラーになろうと思う」と伝えたときに、否定されなかった。「なんの競技でもプロの世界は厳しいぞ」と諭されたのを覚えている。母親には「そんな危険なことやって。将来、子供産めなくなる」と反対された。

だけど千種に会いたい。千種のそばで生活がしたい。千種に認めてもらいたい。いっしょに闘いたい。それしか考えていなかった。そのためには、ただひたすらトレーニングを積んで、『ビクトリア忍』というリングネームでデビューするしかないって思っていた。

千種の後輩になりたい一心でオーディションに応募して、1次試験は合格した。2次試験に進んだが、その日は自分の部活の大事な試合の日。試合が終わったらフジテレビに駆け付けるつもりで、カバンの中には1次の合格通知書と水着を忍ばせて持っていった。その場所に行けば千種に見てもらえる。そう思っていた。

だけど試合には惨敗。終わりの時間も自分が考えていたよりも、かなり過ぎてしまった。遅れてでもいいからオーデションに行って、千種に会いたいという気持ちは折れてまっすぐに家に帰った。

その後に千種の引退が発表になり、引退式の日。絶対に行ってお別れと感謝を伝えたかった。会場は横浜アリーナ。だけど行かなかった。

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