16℃一コミュニケーションと小鳥と鈴と

久々に書きたくなったので、書く。
どうしたのかと思うかもしれないが、安心して欲しい。私がnoteを書きたくなるのは大抵悩みこんでいる時だ。今回も例外ではない。
つまり、いつも通りなのである。

本題に入ろう。
最近、特にここ1週間ほど、自分のコミュニケーション能力の低さに絶望している。かたやバイトで、かたやサークルで、とさまざまな場面でそれを相次いで感じてしまったため、一気に嫌な気分になった。
落ち着けば、ちょっと考えすぎなのはすぐわかる。でも、おしゃべりが好きな人種を自負しているこの私が「コミュニケーションを取るのが苦手」という状況に陥るというのは、やっぱりどうしても自分自身が受け入れられない。それは、究極の自己否定のように感じるからだ。
不満ばかりを言っても仕方ない。これを乗り越えるために、現在自分にどのような問題があるのかを洗い出す必要がある。ちょっと考えてみよう。

①話題不足
主に塾講バイトの時に感じる問題点である。受け持つ生徒さんとコミュニケーションを取る時間があるのだが、まぁしんどい。ドラマ、ゲーム、漫画、アイドル、推し、などなどから全て隔絶された生活を送っているからである。これに関しては、たとえばずっと昔から「ワンピース読み始めてみたいなぁ」と思い続けてはいるものの、なかなか読み始められていないという、自分の努力不足に起因するところが大きい。ただ、すでに正直時間がないのでこればかりはなかなか改善できない。また、前のnoteでも言及したが、基本的に「推し」がいないため何かに熱中して文化的活動に勤しもうという気になれないというのも問題である。

②自信不足
これは全般的にいえる問題点である。もはやコミュニケーションの場以外でもいえることなのだが、私は何かと自分の行動に自信を持てていない。それはおしゃべりをするときも同様で、自分が喋った内容が面白くなくて場が冷えてしまったらどうしよう、とか、この人にこんなことを言っていいのだろうか、とか色々なパターンがあるが、とにかく自信がないせいで変に会話に対してハードルを感じてしまう。また、なんて言おうかと考えている間にタイミングを逸してしまうこともしばしばである。会話はキャッチボールなのだから、受け取ったボールはすぐに返してあげないと成立しない。もし、相手がボールを手に持ったまま立ち尽くしていたら、あなたはきっとキャッチボールをするのをやめたくなるだろう。また、自信がないことを自信に変え(?)変に偏屈になるという特殊なパターンもしばしば存在する。後輩女子と喋るのが苦手なんですよ〜、と後輩女子に向かって言ってしまった時はさすがに血の気が引いた。長らく自虐的に生きてきた人間は、どうやらTwitter上のお気持ち表明にとどまらず、現実世界でも偏屈モードを公開してしまうらしい。可哀想な奴である。

他にもありそうな気がするが、なんか眠くて頭が働かなくなってきたので、一旦やめにする。

書いて整理していて思ったことは、とりあえずコミュニケーションが下手、という意識をしないようにすることがまず先決で大事な気がするということだ。私の場合、文章で書く分には、自分のnoteを持つくらいには自信たっぷりに堂々と書き記せているわけで、この自信を口頭コミュニケーションでも活かせたらうまくいくかもなぁとしばしば思う。
ただ、やっぱり潜在的に喋るのが苦手な特性に対してのコミュニケーションについては、どのように接していくべきかの指針が全く立たない。私の場合、年上や目上の方へのコミュニケーションは比較的得意だが、年下に対しては本当にわからない。年下に対するコミュニケーションが下手だと思い込んで喋っているから、本当に下手かどうかに関わらず相手の目線が気になってペースを崩し、結果的にうまくいかないという説が濃厚だが、じゃあそれを防ぐためにどうすればいいんだよ!と思ってしまう。そのためにはやっぱり①を強化することが大事かもしれない、いつも自分が話そうと思っている内容があれば滑り出しを上手くできるし。けど、趣味が旅行、合唱、自炊だけではなぁ。

などなどと深夜に考えては、はぁと溜め息をついてキーボード叩きによって謎の文章を生成しているようでは何も成長しない気がする。スムーズなコミュニケーションを取りたい!と考えている時点でスムーズじゃないじゃん、と鋭く助言してくれた誰かさんの顔が頭に浮かぶ。そう、その時点ですでに私は敗北、、、

んーー将来は、文章コミュニケーションだけでご飯食わせてほしいナ❤️


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