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【小説】 旅草 —森の中に響く歌 音虫


一頁

 西にしへとかたむき、夕暮ゆうぐれまでもうすこし。つめたいかぜながれるようになった。

 青紫あおむらさき羽織はおりをはおった恵虹けいこうは、埜良のらたずねた。
埜良のらさん、さむくないですか?」
 埜良のらは、したはドデカいボンタンをいているが、うえはサラシ一丁いっちょう。こんなつめたいなかはらしていては、臓物ぞうもつまでえちまいそうだ。
大丈夫だいじょうぶまれてずっと、あさよつもこんな格好かっこうだから、さむさには耐性たいせいついてるんだ。それに、かみなりちからあたためることもできるし」
 グッ! と親指おやゆびして埜良のら
「さすが、埜良のらちゃんはつよいね!」とたたえる葉緒はお
「でも、羽織はおりくらいは、はおっておいたほういとおもいますよ」
 恵虹けいこうがそううも、埜良のらは「平気平気へいきへいき」とってかない。そんで、ぴょーんと空高そらたか浮遊ふゆうし、帆桁ほげたうえつ。見事みごと均衡きんこうたもっていやがる。
 ふね前方ぜんぽうながめると、したのぞいてさけんだ。
しまえたよー!」
本当ほんとう!?」と葉緒はおよろこぶ。

 まだ相当そうとうはなれているが、らせばかすかにえた。

「この方向ほうこうで、神月かみつきちかしまっつったら、おとかみのトコだな」
 おれした。それに月夜つくよこたえる。
左様さようです、しきさましまは、響芸ひびき。このしまにも黒鬼くろおにながれてきましたがたいした問題もんだいはなく、街外まちはずれのもりには、霊人れいじんむらいくつもございます」

もりなかむら!?」
 葉緒はおは、をキラキラかがやかせていた。
 恵虹けいこうった。
たみたちの安全あんぜんまもるため、目立めだたずひっそりと存在そんざいしているのですね」
「ひっそりってうわりには、アンタらにはられてんじゃん」
 帆桁ほげたからりてきた埜良のらが、ツッコんだ。
音楽おんがくさかえたしまですよね。大国たいこく大都市だいとし人気にんきのミュージシャンの何割なんわりかは響芸ひびき出身しゅっしんだったりしますし」と恵虹けいこう
「そうだな。神月かんつきちかいこともあって、おとかみ沙楽さらとはなかい」と月夜つくよ
 おとかみおさめるしまだから、当然とうぜん音楽おんがくさかえている。人間にんげんむらだって、そうだろう。

 それを月夜つくよのやつはしばらくたべっていた。沙楽さら響芸ひびまちはなを。みなこころはずませてそれをいていた。
 
 響芸ひびきしまいたころには、西にしそら橙色だいだいいろけていた。

なんだか、おとがする」

二頁

 恵虹けいこうかるみみかぶせ、ふとった。
おと?」と葉緒はお反応はんのうすると。
楽器がっきおとです。複数ふくすうの。音楽会おんがくかいでもひらいているのでしょう」
音楽会おんがくかい!」
「おもしろそーだな。はやってみよーぜ!」埜良のらう。
「そうですね」

 ふねからり、もりけ、むらくと、なにやら村民そんみんどもが一箇所いっかしょあつまっていた。ちなみに、おれ今回こんかい舟番ふなばんやく。ちびうさぎ月夜つくよは、葉緒はおうでなかおさまっている。
 そんで埜良のらは、結局けっきょく恵虹けいこうしきちからくろ羽織はおりをせられた。

 やつらは、群衆ぐんしゅうところちかづく。群衆ぐんしゅう視線しせんさきには、楽器がっきにした、霊人れいじん青緑あおみどりかみ四人よにんがあった。まあ、このしま連中れんちゅう大半たいはん髪色かみいろ青緑あおみどりだ。これから演奏えんそうをするようだ。楽器がっきは、琵琶びわ二人ふたり。そのうしろに、こと太鼓たいこドラムだ。
 
 なま楽器がっき感心かんしんする恵虹けいこう葉緒はお埜良のららのもとへ、村民そんみん老人ろうじんがやってきた。
「おや、おまえさんたち、ないかおだな」
 恵虹けいこうたちは、老人ろうじん挨拶あいさつをした。
わたしたちは、さきほどこのしま到着とうちゃくし、素敵すてき音色ねいろこえてきたので、このむらにやってきました。これから、演奏会えんそうかいでもおこなわれるのですか?」
「ああ、そうだ。毎日まいにち、この時間帯じかんたいになりゃあ、おこなわれる」

『みんなー!! おたせー!!』

 四人よにん中央ちゅうおうの、琵琶びわった女性じょせいこえを上げた。彼女かのじょこえは、おどろくほどおおきくはっきりとこえた。おそらく、彼女かのじょらがつ、おとちからだろう。青緑あおみどり髪色かみいろは、おと神様かみさましんじているあかしだと、玉兎ぎょくさまった。
 
『それじゃあ、いっくよー!!』

 太鼓たいこたた二本にほんのバチを、カンカンとらし、楽器がっき演奏えんそうはじまった。
 
 それから、しばらくして、琵琶びわ女性じょせいうたはじめた。

「さんさんと陽光ようこう
けれど わたしこころくら
ざあざあと大荒おおあれだ
くちつぐんで器用きようじゃない
だれわたしようじゃない

うみそこしずんでくような日々ひび
せめてうみ世界せかいしあわせに

わたし木偶娘でくむすめ 無口むくち不器用ぶきよう
何の役にも立たない
わたし木偶娘でくむすめ だれ期待きたいしない
ああ とっても自信じしんなんててない
よめにだっていけない

そんなキミでも ひとみじれば
素敵すてき世界せかいひら
キミにやさしい王子様おうじさま
こころときめくゆめたび
いきもできないくるしい日々ひびでも
げずけずに猛奮闘もうふんとう

キミはガラクタじゃない 
はがねこころ素敵すてき
無口むくち不器用ぶきようなキミだって
きだって
王子様おうじさまあらわれるさ」

 うたいて、わたしにはピンとくるものがかんだ。
(このうた、もしやというか十中八九じゅっちゅうはっく……)

三頁

 それよりも、すごい。あたたかな雰囲気ふんいききょくなのに、圧倒あっとうされる。うたにも琵琶びわにも、ことにも、太鼓たいこにも。
 葉緒はおちゃんと埜良のらさんも、をキラキラさせて、まえのめりになっていていた。玉兎ぎょくとさまもご満悦まんえつそうだ。

 ひとつのうたうたって、これでわりだそうだ。村民そんみんたちは、みなかえっていく。
 
 演奏えんそうまえこえけてきた、おとしした男性だんせいくちひらいた。
「このむら、『音虫おと』は、りのちいさなむらだ。たいして面白おもしろいものはない」
 これをわたしは、あわててした。
「いいえ、そんな! このむらは、とっても素敵すてきなところです。さきほどの演奏えんそう素晴すばらしかったです。こえふるえました」
「アタシもだよ。こんな感動かんどうはじめておぼえた」
 埜良のらさんも、くちはずませていた。
 葉緒はおちゃんも、くちひらく。
「あの、わたし……料理が得意なんですけど」
 音楽おんがくはなしではないことに気付きづき、わたし埜良のらさん、玉兎ぎょくとさまも、葉緒はおちゃんに注目ちゅうもくする。

「このむらで、おみせひらいてもいいですか?」

 それから「すこしのあいだだけ」とした。
「そっか、葉緒はお、たくさんのひと料理りょうりべてもらうのがゆめだったもんね。ここなら、ひともいるし」
 埜良のらさんがった。
「うん、あ……でも、建物たてものとか」
「そこはわたしにおまかせださい」
 葉緒はおちゃんは、ぱあっとあかるいかおになった。うれごとえたのがかる。なんてかりやすい。
「わたし、せい阿月あづきいみな葉緒姫はおひあざな葉緒はおもうします」
 男性だんせい自己紹介じこしょうかいをした。するとかれは、かおいろわった。
阿月あづき……そのかみまなこいろ貴女あなたは……貴女様あなたさまは……神月かんつき姫君ひめぎみでは!?」

四頁

 あわてふためきつつ、言葉ことばしぼり出す。そんなかれのおどろおどろしい様子ようすに、葉緒はおちゃんもまごついた。
「あ、あのー」
 かれはさらに、地面じめんにひざまずいた。
もうおくれました! わたしせい久音くおんいみな赤盛せきもりあざな茜雲せいうんもうします。この音虫おとむしむら村長そんちょうをしております」
 茜雲せいうん殿どの緊迫感きんぱくかんに、わたし埜良のらさんも狼狽ろうばいした。
かおげてください、茜雲殿せいうんどの
「アタシらも葉緒はおも、っておうなんてしないから」
 二人ふたりでそうって、茜雲せいうん殿どのかおげた。
「おみせのことは承知しょうちいたします。阿月あづきいえかた代々だいだい料理りょうりたしなまれていたそうです。葉緒はおさまも……」
「はいっ、阿月あづき葉緒はお、このまれて十六年じゅうろくねん、ずっと料理りょうり修行しゅぎょうをしてきました。民草たみくさたちを笑顔えがおにするために」
「そのような方の料理りょうりいただくことができるとは、感無量かんむりょうでございます」
 茜雲せいうん殿どのは、そうって微笑ほほえんだ。
 
 しかし、今日きょうのところは、ちてくらいため、ふねもどって一夜いちやおくることにした。

 翌日よくじつ恵虹けいこうらが朝食ちょうしょくっているところに、客人きゃくじんがやってきた。
 
 恵虹けいこうくと、おとずれてきたのは、昨夜さくや演奏えんそう琵琶びわいていた男女だんじょ二人ふたりだった。
 船端ふなべりからかおのぞかせる恵虹けいこうて、二人ふたりった。
「おはよう、旅人たびびとさん」とおんなほうこえけた。
 
 恵虹けいこうは、二人ふたり船上せんじょうげた。
「はじめまして。アタシ、せい福音ふくねいみな鈴樹りんじゅあざなりん止゛ よ」
 随分ずいぶんとくだけたあざなだな。
「かわいいあざなですね」
 葉緒はおめると、りん止゛はなたかばした。
「へへん、ありがと。アタシもこれ、に入ってんだ。アンタのもいいよね。葉緒はおちゃんだっけ。昨日きのう、アンタたちとはなしてた村長そんちょうってたの。とってもカワイイ」
 かえされた葉緒はおは「ありがとうございます」とぽっと紅潮こうちょうした。
 つづいて、おとこほう名乗なのった。
ぼくは、せい福音ふくねいみな山一さんいちあざな己於崙こおろんもうします」
「まったく、へんあざなだな」
「こんな無礼猫ぶれいねこごとなどにしないでください」
「んだと、コノヤロー!」

「ところで、お二人ふたりのご関係かんけいは?」
夫婦ふうふよ、結婚けっこん二十六年目にじゅうろくねんめにして、息子むすこ二人ふたりいるの!」
「え! てことは、ケッコーとしいって……」「だまりなさい」
長男ちょうなんは、なつ大都市だいとしって、音楽おんがくをやっていますが、次男じなんもその背中せなかって、頑張がんばっているみたいです」
 恵虹けいこうは「仲良なかいいですね」と微笑ほほえんだ。
 夫婦ふうふ二人ふたりも、おたがいに見合みあってにこやかなかんじになった。
 あ、そうそう。と、りん止゛はなしした。

五頁

「おみせのことなんだけど、むらきのおうちがあるから、そこ使つかっていいよっ」
 それをいた葉緒はおは、おどろいた。
「え、いいんですか!?」
建物たてもの造形ぞうけいならわたしが」
 恵虹けいこうもそういうが、
「イチからてるよりも、そっちのがらくでしょ? アタシもみんなも、葉緒はおちゃんの料理りょうりはやべたいからさ」
 りん止゛言葉ことば埜良のらは、葉緒はお微笑ほほえけてう。
「よかったね、葉緒はお
「ありがとうございます!」
 葉緒はおは、りん止゛たちにあたまげて、おれいった。

 
 りん止゛さんと己於崙こおろんさんに案内あんないされたは、木造もくぞう茅葺かやぶき屋根やね大胆だいたん三角屋根さんかくやねいえほかいえとほとんどおな外観がいかんである。
「どのいえまったおなつくりですね。間違まちがえたりしないんですか?」
 になったわたしは、たずねてみた。
ちいさいむらなので、自分じぶんいえ位置いちおぼえるのはかんたんです」
いえ全部ぜんぶおんなじにするのは、ここがどこのむらか、わかりやすくするためよ。ここは三角屋根さんかくだけど、余所よそむらじゃ、きのこのかたちのおうちや、お豆腐とうふのように四角しかくいえならんでいたりするわ」
「へぇ、おもしろいですね」
 葉緒はおちゃんがにっこりわらってった。

 そのいえは、なか綺麗きれいととのえられていた。ぶには、随分ずいぶんうつくしい。りん止゛さんいわく、「朝一番あさいちばんに、楽団がくだんみんなむらひとたちで頑張がんばった」そうだ。こんなちいさなむらに、しまそとからおきゃくがくることなどとんとなく、みんなたのしみにしているという。
 村民そんみんたちからの視線しせんあついのは、それゆえか。

 ただ、内装ないそうかんしては、土間どま木板もっばん居間いまほかつくえ椅子いす皆無かいむである。そこで、わたし出番でばんだ。彩色さいしきつえす。
 昨夜さくや葉緒はおちゃん、埜良のらさんとかんがえていた、おみせ構想こうそうおもし、それをたったいまあたえられた空間くうかんとしむ。
 わたしは、つえ頭上ずじょうげた。

うつ

 となえて、あっという部屋へや様相ようそうわった。 
「すごーーーい!!」「すげーーー!!」
 葉緒はお埜良のらは、歓声かんせいげた
 仕事しごとえた恵虹けいこうは、みなほうき、にっこりわらってった。
「これでどうでしょうか」
「とっても素敵すてきです!」
「これがこの世界せかいつくったちからか」
 葉緒はお埜良のらともに、をきらきらかがやかせていた。

六頁

 その調理器具ちょうりきぐ食材しょくざいなどをそろえ、開店準備かいてんじゅんびすすめる。これらは、むらみなさんが用意よういしてくださったものだ。
 葉緒はおちゃんは、着物きもの内側うちがわからなにかをした。
 御守おまもりだ。いろ以外いがいの、ちから神様かみさま信仰しんこうするものには、これがあたえられている。いめの青紫色あおむらさきいろふくろに、葉緒はおちゃんの髪色かみいろおなじ、あわ黄色きいろの「きいろ」の文字もじきざまれていた。
 
玉兎ぎょくとさま! 身支度みじたくねがいします!】

 御守おまもりを空高そらたかかかげ、葉緒はおちゃんはさけんだ。そして、パン! と御守おまもりをはさんで。合掌がっしょうした。
 すると、彼女かのじょ全身ぜんしん黄色きいろひかりつつまれた。
 ひかりえると、葉緒はおちゃんは、うばわれてしまうまでに、かわいい姿すがたになっていた。
 うさみみリボンのバンダナのしたあわ黄色きいろながながかみは、れたうさぎのみみのように、ひく位置いちでツインテールにまとまっていた。
 しろ水玉柄みずたま割烹着かっぽうぎは、ひざたけのワンピースのようにきゅっとまって、そのうしろにはおおきなリボンが。
 割烹着かっぽうぎしたには二部式にぶしき着物きもので、した割烹着かっぽうぎよりもすきながめのプリーツスカートになっている。いろは、紅桔梗べにききょういろあたりの明度めいどひく青紫あおむらさき

 自身じしん身支度みじたくませた葉緒はおちゃんは、わくわくいっぱいの面持おももちで、見守みまもみなけて、宣言せんげんした。

「『おつき食堂しょくどう』、開店かいてんです!」

 わたし埜良のらさんも、むらみなさんも、歓喜かんきこえげた。

 おつき食堂しょくどうには、はしからおおくのきゃくつどった。かれたせきすべてにひとすわった。これだけのりょう葉緒はお一人ひとりさばくのは、無理むりがあると、月夜つくよつきみやこから、五人ごにんうさぎどもの応援おうえん寄越よこした。こいつらは一応いちおうこうの世界せかいうで料理人りょうりにんをしているらしい。
 のこなしは的確てきかくで、仕事しごとしつもいい加減かげんじゃない。しっかりと葉緒はお後援こうえんつとめていた。

 とはいえ、ちいさなむらだ。客足きゃくあしはすぐにいた。ひらいたせきすわって、恵虹けいこう埜良のら昼飯ひるめしる。勿論もちろん、こいつらは無賃むちんだ。

 そこへ、はいってきたのは、りん止゛己於崙こおろん昨晩さくばん演奏会えんそうことはじいていたおんなとドラムをたたいていたおとこ一緒いっしょだ。

「やっほー、だいぶ繁盛はんじょうしたみたいだね」
 りん止゛陽気ようきこえをかけた。
「はいっ!」
全部ぜんぶせきまってたよな〜」
今回こんかんは、四人よにんそろってますね」
つぎときは、楽団がくだん全員ぜんいんでがいとおもいまして」
 りん止゛が、のこりの二人ふたり恵虹りんどんたちに紹介しょうかいした。

七頁

こと水知伊すいちいと、ドラムのきる栗鼠りす」 
 またもやへん名前なまえだな……。

はじめまして」
「どうもっス」

 ふと、りん止゛は、みせ門口かどぐちをやった。このみせに、のぞきをはたらいているやつがいた。あお頭巾ずきんかぶった、成年せいねん未満みまん年頃としごろ小僧こぞうだ。まだなんかみ信仰しんこうしておらず、黒髪くろかみ片方かたほうかくしていた。小僧こぞうは、りん止゛視線しせん自分じぶんのところにくのに反応はんのうして、あたまめた。
 りん止゛は「まったく」とため息混いきまじりでつぶやいた。
 とどめた恵虹けいこうが「どうしました?」とたずねる。
「ウチのだよ。臆病おくびょうでね」
 そうって、かべこうですわんでいる小僧こぞうさけんだ。
千呂ちろ! こそこそしてないで、堂々どうどうはいってらっしゃい!」
 しかし、なに返事へんじをしない。小僧こぞうはシカトをめていた。
 渋々しぶしぶりん止゛は、みせそとおもむく。そんで、小僧こぞううでった。

「もー、アンタっては! いいとしして、人見ひとみりかましてんじゃないよ!」
「う、うるせーな! おれはたまたま、ここでやすんでただけだ!」
「アンタさっき、のぞいてたでしょ。旅人たびびとさんたちに紹介しょうけんしたいから、はいって!」

 このさわがしいやりりを、とおくでいていた恵虹けいこうは、にこやかなつらで「たのしい親子おやこですね」と己於崙こおろんらにった。己於崙こおろんは「ほんとう、毎日まいにちきませんよ」と苦笑にがわらいをかべた。他二人ほかふたり同調どうちょうする。

 かあちゃんにうでられ、小僧こぞう仕方しかたなくみせなかはいった。

はじめましてだな、おれせい福音ふくねいみな千呂流ちろるあざな歌龍かりゅうもうものだ! おれはいつか、りゅうみてーにつよ立派りっぱになるおとこだ!」
 さっきのヘタレがうそだったかのように、威風堂々いふうどうどうって、立派りっぱくちいていやがる。
「まったく、あきれるよ。そんなら、おみせぐらい、立派りっぱはいってもらいたいもんだね」
「う、うるせー! おれはただそこでやすんでただけだ!」
わたしせい石暮いしぐれいみなきょうあざな恵虹けいこうもうします」
「わたしはせい阿月あづきいみな葉緒姫はおひで、あざな葉緒はおです!」
「アタシは埜良のらだよ!」
 それぞれが自己紹介じこしょうかいませると、恵虹けいこうたずねた。
りゅうって、『鯉登こいのり』のですか?」
「そうだ。ってるのか?」
当然とうぜん! わたしは、黒槌くろづち猫石ねこいしまち出身しゅっしんで、『鯉登こいのぼり』には、ほぼ毎年まいとしのようにってましたから」
「こいのぼりって?」
 あたまにハテナをかべる葉緒はおに、埜良のら説明せつめいした。
こいかわのぼるんだよ。最終的さいしゅうてきには大滝おおたきのぼってさ、見事みごとのぼったらりゅうになるんだよ」
こいりゅうに!? すごい!」
おれむかし、ちっちぇーころに、りゅうてさ。それ以来いらいずっとあこがれなんだ、カッケーだろ?」
「はい! 何度なんどてもきません」
 そして小僧こぞうは、きびすかえした。

八頁

「じゃっ、おれはここで。大事だいじ用事ようじがあっからなー」
 
 小僧こぞうみせてしばらく、りん止゛が、親指おやゆびでそのあとして、三人さんにんった。
「つけてみる?」
「え、いのですか?」
「いいよ、いいよ。スッゴイもんがれるから」
「あ、でも、わたしはおみせがあるので」
 葉緒はおがそう言うと、うさぎ従業員じゅうぎょういん一人ひとりった。
葉緒はおさま、ここはわたくしどもまかせて、おいでなさってはどうでしょう」
 葉緒はおは、やつらにまかせることにした。そうして三人さんにんで、あの小僧こぞうさきかう。

 そのみちすがら、りん止゛さんは、わたしはなしした。
恵虹けいこうくんてさ、『木偶娘でくむすめ』のいてるひとだよね」
「いかにも。昨夜さくやうた、あのは『木偶娘でくむすめ』を連想れんそうさせる内容ないようでした」
「やっぱりづいてた? アタシ、大好だいすきなんだ。アンタのふくめてさ」
「ありがとうございます」
恵虹けいこうさん『でくむすめ』ってなんですか?」
朝日あさひクチナシさんというかたいた『木偶娘でくむすめゆめ』という小説しょうせつです。無口むくち不器用ぶきよう少女しょうじょ苦悩くのう夢世界ゆめせかいでのたびえがいた幻想げんそうもの。ふね書斎しょさいにもいていますから、あとんでるといいです」
みたいなー!」
「その恵虹けいこうが?」
「はい。わたしは、たび以前いぜんは、絵師えしをしていたのです」
絵師えし!?』
「『いろちからったやつが職業しょくぎょうっつったら、絵師えし一択いったくだろ〜』としきわれたので」

 おれはそんな間抜まぬけなかたはしてないぞ。

「でも、わたしおなおもいでしたし、絵描えかきのコツをしきおそわって、いてみたら、とってもたのしかったのです。とくに、ひとやそのファッションをくのがきでした」
恵虹けいこうくんのは、オシャレなひとおおいよね。で、ひとにくまんべてるりつたかいよね」
恵虹けいこう……にまでおのれ欲望よくぼうを……」
なんですか、埜良のらさん。そもそもというのは、ひとよくたすためにあるものなのです。
 ひときたいからひとく。
 お洒落しゃれ興味きょうみがあるから、お洒落しゃれをしたひとく。
 にくまんがきだからにくまんをく。
 にくまんもひとも、どちらもきたいから、にくまんをべたひとく。
 それが『く』という行為こうい本質ほんしつだと、わたしおもいます。そして、くことが不得意ふとくいひとよくかなえるためにものが、絵師えしなのです」
「おぉ、なるほど」
恵虹けいこうさん、かっこいい!」
 葉緒はおちゃんにめられて、満更まんざらでもない気分きぶんになった。
「しかし、そんなに沢山たくさんだれ作品さくひんてくださったのですね」
 わたしたずねると、りん止゛さんは、気恥きはずかしそうにわらった。
「『木偶娘でくむすめ』と一緒いっしょに、アンタのきになってさ。海外かいがいからいろいろせてもらってんの。むらのみんなにもせてまわって、みんなきになってさ。だから、アンタたちを手厚てあつむかえたってわけ」

九頁

「そういうことだったのですね」
恵虹けいこうさんは、人気者にんきものなんですね」
「あと、そうだ、りゅう!『鯉登のぼり』の」
歌龍かりゅうさんも、あこがれてるとってましたね」
八年前はちねんまえにね、楽団がくだんみんなで黒槌くろづちったの。どもがまれるまえの、二十六にじゅうろく年前ねんまえにも、己於崙こおろんたちと四人よにんでね」
二十六にじゅうろく年前ねんまえ……!)
なん運命うんめいのイタズラだろうね、そのとしはなんと二体にたいこいのぼって、りゅうになったんだ」
「え、りゅう二体にたい!? そんなの、たことないです」
てないんだ?」
わたしまれたのが、ちょうどそのですから」
「へえ! すごいごえんかんじるね」
「そうですね」

 すると、ふと、上空じょうくうなに気配けいかんじた。見上みじげると、一匹いっぴき蝙蝠こうもりそらっていた。もり洞穴ほらあなかどこかからてきたものだろうと、あまりめなかった。

 むらけ、もりなかはいった。あさ鬱蒼うっそうとした、あきもりかすれる葉々はば隙間すきまから、んできて、あかるい。
 足下あしもとれば、あか時々ときどき黄色きいろじりのしろ彼岸花ひがんばなみだいていた。

「いたわ」

 りん止゛さんは、ささやきこえった。彼女かのじょ目線かのじょさきには、歌龍かりゅうさんがいた。きのこのえたかぶに、こしろして、琵琶びわかなでていた。
 わたしたちは、木々きぎかげかくれて、その様子ようすうかがった。
 
 かれまわりにあつまるのは、蜻蛉とんぼのような、ちょうのようなはねえた、三寸さんすんばかりなる人々ひとびと。“精霊せいれいぞく” という種族しゅぞくものたちである。ひとはいらない、もり奥深おくふかくに住処すみかつくってらしているのだとか。
 わたしむかしったことがある。
 
 歌龍かりゅうさんは、精霊せいれいたちからの人気にんきはくしているようだ。くるくるまわっていたり、地面じめんすわったりくつろいでいたり、かれあたますわきりかぶに、こしろしているものもいた。みんなそれぞれ自由奔放じゆうほんぽうでいて、みな歌龍かりゅうさんをもてはやしていた。

「……そんじゃあ、……いくぜ」
「まってましたあー」「ぱちぱちー」「いいぇーい」
「そんながるうたじゃねーんだけど」
 
 琵琶びわいたをこんこんたたいて、げんく。

くらさむもりなか
一人ひとりぼっちで琵琶びわ
だっておれは 臆病おくびょう
人前ひとまえでなんて絶対ぜったいムリ
むしケラみてぇにちっぽけな
そんなおれ
馬鹿ばかげたはなしだけど
ひとつだけでっかいでっかい
ゆめがある
あの立派りっぱ勇敢ゆうかんりゅうのように
かわのぼってたきのぼったあのりゅうのように
勇敢ゆうかん立派りっぱおとこになりたいんだ」

十頁

 精霊せいれいたちのちいさながぱちぱちとなる。
「さいっこー!」「シビれるー!」「かりゅうのうたはせかいいち!」
 
 わたしは、木陰こかげかくれながら感動かんどうしていた。
上手じょうずだなぁ……)
「すごーい!」
 ……。
「アンタも琵琶びわけるんだねぇ」
 !?
「な、なんだおまえら!」
 なんと! いつのにか、葉緒はおちゃんと埜良のらさんが歌龍かりゅうさんのまえてきていた。
「ちょっと、葉緒はおちゃん、埜良のらさん! すみません、歌龍かりゅうさん。勝手かって拝聴はいちょうさせていただきました」
 仕方しかたなくわたし木陰こかげからて、謝辞しゃじべた。歌龍かりゅうさんはひどくあわてた。
「もう、かあちゃん! なんでこいつら、れてきたんだ!」
「せっかくのおきゃくさんだからにまってんでしょ! このしまかく名物めいぶつなんだから!」
だれかく名物めいぶつだ!! 勝手かってんじゃねーよ!! あんまりひとかれたくないうたとかうたってんだし……」
「分かります。その気持きもち。わたしも、絵師えしをしていたのですが、自分じぶん作品さくひんおおやけ披露ひろうすることは、とても勇気ゆうきのいることです。
 ですが、歌龍かりゅうさんは、精霊せいれいさんたちのまえでは、平然へいぜんうたえていますよね?」
「それは……こいつらが勝手かってて、もうれてて」
「その時点じてんで、歌龍かりゅうさんは、立派りっぱうたですよ。もっと自信じしんってください」
「うんうん!」
「しっかしまあ、しけたうただね〜」
「うっせぇ。おれは、あかるいうたほうきらいだ」
「あぁ、ネクラ野郎やろうか」
だまれ」
「ネクラ?」
っからくらいやつのことだよ。コイツみたいに」
「あン!?」
「へぇ……」
二人ふたとも、もうここまでにしましょう!」
「そ……そうだ……恵虹けいこうおれもアンタのきだ。アンタのりゅうてっと、本物ほんものたあのとき感動かんどうよみがえってくる」
わたし毎年まいとしのようにってますから」
「いーなー」

 その夕方ゆうがたにも、りん止゛たちの演奏えんそうおこなわれる。恵虹けいこうたちも心待こころまちにしていた。

十一頁

「それじゃあ」

かなでようか。逢魔おうまどきの、狂演きょうえんを』

 突如とつじょとして、りん止゛たちの周囲しゅうい漆黒しっこくのもやのようなものがあわれた。そして、四人よにんひかりえた。
「? なんだこれ くろ!」
「……みなさん?」

 ひたいおおった恵虹けいこうは、顔色かおいろえ、彩色さいしきつゆした。

【お色直いろなおしです!】
 
 お色直なおしで変身へんしんしてすぐ、いろちから発揮はっきする。

あかとばり

 わたしは、やみとわわれた四人よにんを、太陽たいよう象徴しょうちょうする赤色あかいろ世界せかいさそった。
「あれ? ここは?」
四方八方しほうはっぽうだ」
「なんかあついな……」
「そんでちょっとまぶしい」
 われもどしたりん止゛さんら四人よにんは、突然とつぜん世界せかい戸惑とまどった様子ようすせた。
みなさん、大丈夫だいじょうぶですか?」
恵虹けいこうくん……これは——」
「すみません。みなさんのご様子ようすがおかしくなって、いや予感よかんがしたので。不穏ふおんなものを消滅しょうめつさせるため、つよめの【あかとばり】をかけました」
あかとばり……?」
「お天道てんとうさまいろです
「それでこんなあついのか」
「ですが、もう大丈夫だいじょうぶだと……」

昏迷こんめい虫籠むしかご

 無論むろん、これだけでわるはずがない。
 邪魔じゃまをしてきたかれ一緒いっしょに、四人よにんやみかごなかめる。には見えないかご赤色あかいろちからよりももっともっと強力きょうりょくやみいたみをかれらにそそむ。

なんだこれ、くるしい!)
 突然とつぜんこころうち強烈きょうれつ鬱気うっきあられた。このすべてがうらめしく、すべてを破壊はかいし、人々ひとびと残忍ざんにんきずつけたいような、非常ひじょうにバイオレンスな衝動しょうどうおそわれた。
 このままでは危険きけんだとさとったわたしは、【あかとばり】を解除かいじょし、すぐに後方こうほうがった。
 それでもなお、バイオレンスな衝動しょうどう消滅しょうめつしない。
「ダメだ……! ダメだダメだ!!」
 おさまれ! やみ!!

恵虹けいこうさん!」
恵虹けいこう! 大丈夫だいじょうぶか!」

十二頁

 いつくばって、うな恵虹けいこうきもつぶした葉緒はお埜良のらる。
「ダメ! ないで!!」
 恵虹けいこう必死ひっしさけびに、二人ふたりあしめた。
「で……でもよ、恵虹けいこう……」
かみが——くろくなってる」
 白色しろいろだった恵虹けいこう髪色かみいろが、すみそそいだかのごとく、くろまっていく。
 すると、ずっと葉緒はおいだかれていた月夜つくよした。

恵虹けいこう! かおをあげろ!」

 月夜けいこう恵虹けいこうめいじた。やつはとおりに、ひどすさんだかおをあげた。

望月もちづき光拳こうけん】 

 月夜つくよは、恵虹けいこう鳩尾きゅうびつききをれる、その直前ちょくぜんでピタッとめた。
 すると恵虹けいこうかみしろもどり、やつはぐったりとそのたおれた。
「……ありがとうございます。玉兎ぎょくとさま
 
 玉兎ぎょくとさまちいさなこぶしが、わたし鳩尾きゅうび接近せっきんしたとき体内たいないくらんでしまうほどの屈強くっきょうひかりあらわれた。
 そのひかりまれたのからないが、わたしいたバイオレンスな衝動しょうどうもキレイサッパリった。

「おい、鈴樹りんじゅ! おまえたち! どうした!? なにがあった!?」
 
 音虫おとむし村長そんちょう茜雲せいうん殿どのこえ。そうだ、かれらはまだやみなかにいる。かおをあげると、かれらもまた、わたしおなじようにくるしみもだえていた。
 未来視みらいし最悪さいあく未来みらいちかづいたか。かれらもあのバイオレンスな衝動しょうどうかれているのなら、相当そうとう危険きけん状況じょうきょうだ。
 演奏えんそうきにあつまった村民そんみんたちは、突然とつぜんこった異変いへん戸惑とまどい、混乱こんらんしていた。
 わたしは、かれらに警告けいこくした。
みなさん!! ここは危険きけんです!! はやくおうち避難ひなんしてください」
 しかし、かれらはくび左右さゆううごかすだけで、あしうごかそうとしなかった。
「おい、いまなにきてるんだ?」「演奏えんそうは?」
りん止゛さん、己於こおろんさん?」「キルさん?」「スイちゃん?」

あかひかり
 
 恵虹けいこうは、憤慨ふんがいするかのごとく、広範囲こうはんい赤色あかいろひかりをぶっぱなした。

【——各自かくじすみやかに建物たてものなか避難ひなんせよ】
 そんな命令めいれい村民そんみんたちの脳内のうない発信はっしんした。
 すぐにかれらは、はしした。そして家々うちうちなかへとはいっていった。
「すごっ、きゅうかえはじめた! なにしたの?」
詳細しょうさいうしろで。そろそろ、ますよ」
「!?」

十三頁

 戸惑とまど埜良のらだったが、恵虹けいこういうとおり、かがめてもだえていた四人よにんは、ついに完全かんぜんまれたのか、なん葛藤かっとうえたようにスッとがった。
 
『さあ、狂気きょうきちた演奏会えんそうはじまりだ!』

「コノヨノスベテヲ……ハカイスル!!」

 りん止゛さんのゾッとする一言ひとことに、わたしたちは身構みがまえた。
葉緒はお変身へんしんを」
了解りょうかいです」
 葉緒はおちゃんは、再度さいど御守おまもりをたたいて変身へんしんをした。
 やみまれてしまった四人よにんは、楽器がっきかまえ、演奏えんそうはじめた。

全部ぜんぶえちゃえばいい 
 このにあるものそのすべ
 全部ぜんぶこわれてしまえばいね 
 るだけで
 憎悪ぞうお 嫌悪けんお 煩悶はんもん 苦悩くのう
 だるいなだるいなこの世界せかい
 歴史せかいすべてがちている
 馬鹿ばかゆめ希望きぼう皆無かいむ
 不快ふかい不快ふかい不快ふかい不快ふかい
 ねたやつらはやみかれろ
  
 やみまれろ
 げに不愉快ふゆかいな 運命さだめごうにもめぐまれ
 当然とうぜんのように わらわらやつやつやつ
  
 狂気きょうきあそばせ よるほろびよ
 烏夜うやうやまえ 素晴すばらしき世界せかい
 そのうえる 恐怖きょうふ恐怖きょうふ恐怖きょうふ恐怖きょうふ
 象徴しょうちょう 世界せかいやみを」

 ダークで狂気きょうきうたともに、四人よにん背後はいごくろおおきな魔物まものあらわれた。魔物まもの胴体どうたいから左右さゆう八本はっぽんうでやし、その腕共うでどもをゴムのようにばし、恵虹けいこうたちにおそいかかった。
 大槌おおづちごとくデッカいこぶし。これにつぶされればひとたまりもないだろう。
 やつらは、せまりくるうで次々つぎにかわしていく。埜良のら雷速らいそくはやさで、葉緒はお兎人とじんぞく特有とくゆうけた脚力きゃくりょくで、恵虹けいこうひたいかくれる予知よち能力のうりょく駆使くししてだ。
 そんななかで、月夜つくよ葉緒はおこえをかけた。
葉緒はお調理場ちょうりば移動いどうだ」
「はい、了解りょうかいしました!」
 葉緒はおは、月夜つくよつくよした。さきは、月夜つくよ住処すみかである「つきみやこ」であろう。葉緒はお離脱りだつしたいま恵虹けいこう埜良のら攻防こうぼうひろげる。
葉緒はおちゃんはどこへ?」
調理場ちょうりばだよ」
調理ちょうり?」
葉緒はおには必殺ひっさつわざがあってね、それを発動はつどうさせるための準備じゅんびなんだ。葉緒はおかえってくるまでこらえるよ!」
了解りょうかいしました」

十四頁

とおちゃん……かあちゃん……) 
 広場ひろばのすぐちかくにつ、いえかげに、おれひそんでいた。もともと演奏えんそうも、ここでこうとっていた。それがなにやらヤバい状況じょうきょうになった。かあちゃん、とおちゃん、水知伊すいちい切栗鼠きるりすが、わる魔物まものかれたようで、くるってあばれている。
 黄色きいろいおさげのがいなくなって、魔物まものたたかっているのは二人ふたりだけ。
 
 ここはおれも、なにやくつべきだが、それで魔物まものをつけられたら、さきぬだろう。
 
りゅう……」

 おれはそのにふさわしい人間にんげんじゃない。おれにあんなのかなうわけがない。おれは、よわい。
 ……だけど。

 かあちゃん、とおちゃん、水知伊すいちいきる栗鼠りす、あとあいつら。おれ可能性かのうせいしんじてくれるひとたち、おれ演奏えんそういて、「きだ」とってくれたひとたち、おれにとって大切たいせつ存在そんざい
 そんなひとたちの、くるしんでいるかおは、ていられない。

千呂流ちろる

 おれこえがしたと、そちらをくと、そこには精霊せいれいがいた。だが、格好かっこうほか精霊せいれいたちとはちがう、特殊とくしゅかんじだ。そいつは、そのあまほどおおきさのものをかかえていた。
 ると、それは御守おまもりだった。かあちゃんたちがっているものとおなじ、そのなかには【おと】の文字もじ

「これでかれらを、このむらたすけて」

 この一言ひとことで、この精霊せいれいは、おとかみ沙楽さらさまけたものであることがかった。

「でも、どうやって?」
「【おとちから】は、いつ何時なんどきでも、なんおとでもかなでることができるちから。そのちからかなでたおとで、ひとなに効果こうかあたえたり、暴走ぼうそうしたおとすこともできるわ」
おとす? おとで!?」
「そう、おとおとす。
 あのくろものは、悪意あくいそそぎこまれた、りん止゛たちのおとちからしたものだとおもうの。もし、そうなら、この方法ほうほうであのものよわまるはず」
「? そんなら、アンタがなんとかしたほうはやいんじゃねぇの?」
「そうしたら、あなたの成長せいちょう機会きかいうばってしまうでしょう? それはいけないと、神々かみがみ約束事やくそくごとにあるのよ。わたしにできることは、あなたにちからさずけて、行動こうどううながすことぐらい。だからあなたがかれらをたすけて」
 
 おれ成長せいちょうか……。ウジウジしているひまはない。おれ御守おまもりをそらかかげた。
沙楽さらさま! おれちからを!】
 それから、パシッと御守おまもりをはさむ。
 一瞬いっしゅんまえが、あおひかりつつまれた。そこからめると、手元てもと琵琶びわは、あおくかっこいい姿すがたわり、服装ふくそう同様どうようにイカしたものになった。

十五頁

 イカした身形みなり自分じぶんをじっくり観賞かんしょうしたい気分きぶんにあるが、そんなことをしているひまはない。

 おとおと

 ……りてきた! おぼえたおぼえすらない、いたこともない、旋律せんりつが。

 かおさずにわざすのは、少々しょうしょういやしいが、一番いちばん大切たいせつだ。

消音しょうおん!】

 かびながれゆく旋律せんりつえるあたま手首てくび指先ゆびさきうごかし、おとかなでる。
 かなでているはずのおとが、まったこえない。これが「おとおと」だろうか。
 がる疑念がいねん無視むしして、ただまえ演奏えんそう集中しゅうちゅうした。
 

 歌龍かりゅうわざにより、魔物まものうごきは一段いちだんにぶくなった。雷速らいそくうご埜良のらにとっちゃあ、余裕よゆうかわせる。
 絶好ぜっこう機会きかいにがさず、埜良のらは、魔物ぜっこうふところんだ。

雷虎らいこきば!!】

 とらした、かみなりかたまりを、くろ魔物まものにぶつける。
 魔物まものおおきく背中せなからした。かなりの痛手いたであたえたのだろう。

 クソッ! 面白おもしろくなってきたところだったのに、邪魔じゃまをするな。

邪悪じゃあくとげ

 邪魔じゃま坊主ぼうずまえに、両手りょうて鋭利えいりはりった、くろしのびを召喚しょうかんした。そのはりで、わずらわしいそのあたまをバラす。

月光げっこうころも十二じゅうにひとえ〜】

 つきちからり、ころもしたころも十二分じゅうにぶん、たっぷりと、そのかげせる。一枚いちまいころもでは、威力いりょくよわいが、かさねれば、そのぶん多大ただいなものになる。

 多大ただい月光げっこうちからねたそのかげは、消滅しょうめつした。

 目前めのまえあらわれたのは恵虹けいこうむらさきだったはずの髪色かみいろ黄色きいろわっていた。おれおもわず見開みひらいた。
恵虹けいこう! どうしてここが?」
最初さいしょっからかってましたよ。それより歌龍かりゅうさん、お見事みごとです!」
 
 そう微笑ほほえみかける恵虹けいこうに、おれこころからうれしくなった。

十六頁

  こうなったら……この村丸むらまるごと消滅しょうめつさせてやる……。

「みんな、おたせ!」

 葉緒はおもどってきた。そして、ぴょんと、魔物まもの頭上ずじょうたかさまでがる。

【おいしさ満天まんてん! 天満あまみつさんさん!】

 そらいっぱいに、淡黄たんおうひかりはなたれた。それは、強烈きょうれつちから宿やどしているようで、魔物まもの跡形あとかたもなくえ、りん止゛たち四人よにんかおからも、くるしみがえたようだ。ただ、気力きりょくをかなりけずったようで、みなそのたおれこんだ。
 恵虹けいこうが、【無色むしょく無敵むてきはこ】を解除かいじょし、そのなかにいた村民そんみんたちも、葉緒はおひかりびた。

 葉緒はおはなったそのひかりには、美味おいしい料理りょうりべた満足まんぞくこころめられている。
つきみやこ」の調理場ちょうりば料理りょうりつくり、それをあじわったことにより蓄積ちくせきされたちからだ。
 そのひかりびたものは、心身しんしん浄化じょうかされ、悪意あくい不安ふあんされていく。ちから強度きょうどは、べたものの美味おいしさ、りょうによって左右さゆうされる。
 むらものたちも、不安ふあん恐怖きょうふかおえてくなり、パッと笑顔えがおになっていった。

鈴樹りんじゅ!!」

「みんな!!」

 村長そんちょう殿どの、そして、歌龍かりゅうは、一目散いちもくさん四人よにんのもとへはしってった。

恵虹けいこう!!」
 その歌龍かりゅう恵虹けいこうこうべれ、ものもうした。
恵虹けいこうみがあるんだ」
「……なんでしょう」
おれを、たび仲間なかまに入れてくれ! おれもアンタたちと一緒いっしょに、ひろ世界せかいびでて、もっともっとつよくなって、りゅうになるこいみてぇに勇敢ゆうかん立派りっぱおとこになりたいんだ!!!」
 歌龍かりゅう必死ひっし懇願こんがんに、かがやかせた恵虹けいこうは、微笑ほほえんでった。
「いいですよ。よろしくおねがいします、歌龍かりゅうさん」

 こうして、歌龍かりゅうたび仲間なかまくわわった。葉緒はおも、埜良のらも、とてもよろこんだ。

 恵虹けいこうたちは、むら三日みっか滞在たいざいしたのち、出航しゅっこうする。その直前ちょくぜん歌龍かりゅうによる演奏会えんそうかいおこなわれた。
 場所ばしょは、ふねめている場所ばしょきゃくには、むらのやつらだけでなく、ほかむらのやつや、響芸ひびきしま中心都市ちゅうしんとしに住む鬼族おにぞくのやつらまで、色々いろいろあつまった。

いてくれ! おれ自信作じしんさくうたこい』!!」

十七頁

 かわながれにさからって
 大空おおぞらすすもう
 それは簡単かんたんじゃない
 とってもつらくてにがみち
 とはかぎらない

 おれうたかなでるこい
 いつかりゅうになるこい
 たとえいま闇夜やみよだろうと
 おれかなでる琵琶びわおと
 これからすすむこのみちだって
 絶対ぜったい たのしいたのしいみちなんだ

「すごい」って 言葉ことば
 ってくれたひとがいる
 ずっとずっとまえからずっと
 しんじてくれたひとがいる
 うれしかった

 こたえたい 一緒いっしょにいたい
 おれ琵琶びわおとで わらいたい
 はじめてできた仲間なかまだから
 のがしたら一生いっしょうやむだろう
 ゆめかなえる
 ためにこのつかむんだ

 おれには無理むりだとおもときがある
 あまりにおおぎるゆめ
 たいしてつよくない からもって
 でもゆめだけは見続つづけている

 さあ 最後さいご一歩いっぽ
 いま みだそうか

 おれうたかなでるこい
 いつかりゅうになるこい
 たとえいま闇夜やみよだろうと
 おれかなでる琵琶びわおと
 みんなを元気げんきらすんだ
 これからすすむこのみちだって
 絶対ぜったい たのしいたのしい たのしい!!! みちなんだ

 歌龍かりゅうふねり、きゃくみなった。なみだかべて。
 葉緒はお埜良のらが、歌龍かりゅうのもとへけつけ、葉緒はおはやつにびついた。
歌龍かりゅうくん! いまうた、すっごくこころひびいたよ!」
「やっぱアンタ、キライじゃないわ!」
「わっ、ちょっと!!」
歌龍かりゅうさん、感服かんぷくいたしました。改めて、今後こんごとも、よろしくおねがいします」
「お、おう」
 恵虹けいこうは、歌龍かりゅう以上いじょういていた。
恵虹けいこう一番いちばんいてんな」
恵虹けいこうさんて、なみだもろいのですね」
「うぅ。葉緒はおちゃんまで……」
 
 恵虹けいこうは、ふね操縦隊そうじゅうたい指示しじした。
虹色隊にじいろたい! 出発しゅっぱつです!」
『ウィ!』

次話


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