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誰もが心の奥底に持っている「不寛容のナイフ」とは ―― ポスト・コロナを考えるTVドキュメンタリー

RKB毎日放送でOAした『イントレランスの時代』(2020年5月29日、本編57分、CM3分)の番組解説です。

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神奈川県の障害者施設・津久井やまゆり園で45人を殺傷した植松聖被告(当時26歳)と、記者の私は接見を続けてきました。私は、障害を持つ子の父でもあります。植松被告は、「息子さんは、幼いうちに安楽死させるべきでした」と言い放ちました。

接見を重ねる中で、平凡な青年を凶行に至らせたのは、「役に立たない人間に、生きる資格はない」という、乱暴で単純な不寛容の意識なのだ、と感じました。

この取材をもとに2019年3月、私はTBSラジオの鳥山穣記者とともに、ラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』を共同制作しました。
スクラッチとは「ガリガリと線を引く」という意味で、「他人との間に勝手に一線を引き、向こう側の人たちの尊厳や人格を否定する」人たちを描きました。
この番組は幸いなことに、「放送文化基金賞」で最優秀賞、「文化庁芸術祭賞」と「日本民間放送連盟賞」で優秀賞、「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」と「ギャラクシー賞」で奨励賞をいただきました。特に早稲田は、創設19回目でラジオ番組としては初の受賞となりました。

このラジオ番組『SCRATCH 差別と平成』を映像化してみたのが、今回のテレビ番組『イントレランスの時代』です。

しかし、音声メディアの特性を最大限生かしての編集を心がけたラジオ番組に、ただ映像を付けただけでは、元のラジオを超えることはできません。編集前の「素材」に立ち戻って、全く新たにテレビ番組として構成することにしました。

そこで思い出したのが、学生時代に見た古いサイレントムービー、『イントレランス』でした。題名は「不寛容」という意味です。
▽古代バビロンの破滅▽キリストの受難▽中世フランスの宗教対立▽現代アメリカではえん罪なのに死刑判決を下されてしまう青年。映画の中では、4つの時代それぞれの不寛容の物語が、入れ替わり描かれていきます。

映画では、場面が時空を超える時、「ゆりかごを揺らす女」が現れます。この女性について、映画は何も説明していません。しかし、私には、「歴史の女神」のように感じられました。
ゆりかごの中にいるのは、いつの時代も不寛容な私たちです。その愚かな言動を、ただ静かに、無言で見守っているミューズ――。
映画『イントレランス』が訴えたのは、「世の中から寛容さが失われた時、悲劇は起こる。いつの時代も、どの国でも、それは変わらない」ということでした。

公開されたのは、1916年。やまゆり園事件の発生(2016年)から、ちょうど100年前です。現代の日本からも、寛容さは次第に失われてきているように見えます。

私は、世の中に広がる様々な不寛容の現場に行ってみました。
在日韓国・朝鮮人へのヘイトスピーチ、沖縄への不当な罵声、都合のよい歴史の改ざん。
いったん表に出された不寛容は、憎悪の刃と変わり、人の心を続々と刺していくように見えました。植松聖被告も、「障害者は生きている価値がない」と口にし始めて半年後に、実際に刃を握って45人を殺傷したのです。

自分の中にも、醜い不寛容の心が潜んでいる。そのイントレランスを抑えずに放置してしまうと、自分もまた憎悪の刃を人に向けてしまうかもしれない。今回のテレビドキュメンタリーでは、そんなテーマを描いています。

リメーク放送の後、世界中をコロナ禍が覆い始めました。
社会が平穏さを失っていく時、私たちの内なる不寛容は表に出てきます。番組では、関東大震災での朝鮮人虐殺を否定する人々を取り上げましたが、実は震災の数年前に、スペイン風邪の世界的パンデミックが起き、日本でも多くの人が犠牲になりました。
ポスト・コロナは、どんな時代になるのでしょうか。そんなことを盛り込み、57分版を制作しました。
これが『イントレランスの時代』の最終型となります。
(RKB毎日放送 神戸金史)

▼初回放送版 52分
 2019年12月26日 14:50~15:50
▼ディレクターズカット版 54分
 2020年2月2日 26:30~27:30
 =ギャラクシー賞 奨励賞=
 (4月18日10:00~11:00
   BS-TBSで全国放送)
▼ポスト・コロナ版 57分
 5月29日 27:25~27:25

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