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アリとキリギリス

 白い光の点が飛び交っている。
 目を開けているのか閉じているのかわからない。
 それでも白い光の粒が見える。雪だろうか。
 寒いとは思わない。痛くもかゆくもない。
 何か夢の中にいるようだ。

 俺は死ぬのかなあ。
 恐いともなんとも思わない。死ぬってこんなことなんだ。
 夢の中の世界にいるようだ。

はたらけど
はたらけどなおわが生活くらし楽にならざり
ぢっと手を見る  
石川啄木

 蟻村ありむらは必死に働いた。みんなが遊んでいるときも、みんなが寝ているときも働いた。生活は楽にはならないけれども、少しずつ蓄えもしていった。

 興梠こおろぎはいつも遊び歩いては酒を飲み歌って踊っていた。先のことなど考えない。今が楽しければそれでいい。亡くなった親の事業を継いでいるので、自由にできる金があるのだ。


 興梠の事業がうまくいかなくなった。金策に走り回ったがよけいに事業は悪化する。ついには誰も金を貸してくれなくなった。
 金策のあてどころか、今日のパンもなくなった興梠は、中学校時代の同級生だった蟻村を訪ねた。蟻村は近くに住んでいたけど、毎日必死に働いている蟻村を、興梠はばかにして見ていた。そんなにこつこつ金をためてどうするんだ。金は使うものだ。今を楽しまなければ生きている意味がないじゃないか。

 蟻村は今では金も貯まり、堅実な生活をしている。
「ちょっと資金を貸してくれないか。いや、ちょっとでいいんだよ」
 当然、蟻村は拒否した。
「私が一生懸命働いているとき、おまえは何をしていたんだ」


 蟻村の家を出た興梠は、ここ何日も何も食べていなかった。
腹が減って苦しくてたまらない。
 体の節々も痛い。
 体が動かない。
 公園のベンチに座ると、もう動くのもいやになった。


 雪が降ってきた。寒い。
 ぶるぶる震えながら苦しくてたまらない。
 震えているうちに寒さを感じなくなり、苦しさも消えていった。


 夢の世界へ行ってしまった興梠の体には雪が積もっていく。


 古典の時間にこんなことを習った。
 昔のキリギリスはコオロギのことだ。コオロギはキリギリスと言った。キリギリスはハタオリと言っていた。キリギリスがコオロギで、コオロギがキリギリス。
 興梠と蟻村、どちらがどちらだったのか。
 何やら夢の世界にいるようだ。


 雪は降り続いている。


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