ショートショート「産まれる前のこと」

彼女は目覚めると、まず自分の傍らでしゃがみこみ、顔を覗き込む女の子の存在に気付いた。次に気付いたのは、自分が何者なのか、そこがどこなのか、その他もろもろ、何も知らないことだ。
「ここはどこ?あなたは、私は誰?」彼女は女の子に尋ねた。
女の子はため息をついた。「なんて月並みな台詞なの?」
「そんなこと言われても」彼女は身を起こして「仕方ないでしょ」
「まず」女の子は立ち上がって「あたしはあなたが誰なのかなんて知らない。次にあたしはあたし」
「あなたがあなたなのは誰にだってわかるわ」
女の子は肩をすくめた。「で、ここはどこか暗いところ。でも、街のどこかよ」
「どこかしら?」
女の子はまた肩をすくめた。
「あなたはわからないことばかりね」
「わかることもあるよ」と女の子は自慢気に言って「あなたは死んだの。つまり、あなたは幽霊、あ、あたしもだけど」
彼女はその言葉の意味するところが理解できなかった。なにせ、生きている時とまるで変わらず、こうして喋っているのだ。死んでいるのなら、息をしなくても平気かもしれないと思って試しに息を止めてみたら、すぐに苦しくなったので、ますます自分が、そして目の前の女の子が幽霊だなどとは信じられなくなった。
「でも、間違いなく幽霊なのよ」と女の子。
「本当に?」
不思議なのは、死んだのにその死んだ時の記憶も一切無いのだ。
「どうやって死んだのかしら?」
肩をすくめる女の子。女の子が言うには、女の子自身も自分がどうやって死んだのかは知らないらしい。
「でも、生きている時にだって、自分がどうやって生まれたかとか、生まれる前はどんなだったかとか、そういうこと全部知らなかったでしょ?」
言われてみればそうだ、と彼女は思った。そして、そんな風に納得した自分が不思議だった。彼女にも、女の子にも、生きていた頃のことはわからないはずなのだ。そのことを言うと、女の子はまたまた肩をすくめた。
「なんで私たちは自分が死んでいるってわかるのかしら?」
「生きている時は、きっと自分が生きているってわかってたはずよ」
「そんなものなのかもしれないわね」

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