連載小説「孤児たち」第一回

彼女が死んでしまったのではないかと思った。

ドリンク二人分(ぼくのコーラと彼女のオレンジジュース)を手に戻ると、彼女はデッキチェアの上に身を横たえ、パラソルの作る影の中、死んだ小動物のように丸くなっている。水着に包まれた腹は呼吸に軽く上下しているように思えるが、さだかではない。

グラスを傍らのテーブルに置き、彼女の口元に耳を近づける。微かな息の音が聞こえた。彼女は生きている。眠っているだけだ。その表情からはいかなる種類の苦悩も読み取れず、まるでこの世の不幸すべてを免除されているかのようだ。

穏やかな風が彼女の髪をなでる。プールサイドに人影はまばらだ。遠くで波の音が聞こえる。頭上には青空が広がっている。それはあまりにも軽やかで、まるで曇りや雨を経験したことのないような青空だ。

彼女の忍び笑いが耳をくすぐる。彼女から体を離した。彼女がゆっくりと身を起こす。

「なにしてたの?」まぶしそうに目を細める。

「死んでしまったのかと思った」とつぶやく。

「生きてる」

「うん」

「安心した?」

「うん」

「よかった」

彼女は微笑む。

サングラスをかけなおす。日差しが強い。肌がヒリヒリする。海の匂いも、波の音もするが、それは見えない。

日差しに目を細める。

彼女が何かつぶやく。波の音にそれは掻き消される。

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