ボルダリングジムで嬉しかったあの日

過剰に応援するのがされるのが好きじゃないんです。

たまに「ガンバガンバガンバガンバ!」って壊れたカセットテープみたいに繰り返す人がいませんか?ちょっとうるさいんですわ。ここ一番の核心部分で一回だけ応援してもらえるとありがたいんですわ。

なんでもない通過点で「ガンバ!」とか「ナイス!」とか、それは本当に応援しているのか、それとも馬鹿にしているのか。いや応援しているんだろうけれども、ちょっと進む度にそんなこと言ってたら応援の濃度と言うか、本気度が希釈されると言うか、心に届かなくなるよ。こっちも集中できなくなるし。

それが途中打ちだったりすると「すみません。途中打ちなんです」ってなんか申し訳ない気持ちにもなるしね。熱量の高い応援でカロリーを使わせてすみませんって。「そんなの関係ないから!ガンバ!」とかさ、うん、はい、頑張ります。あっちーな今日は。

昔は皆もっと他人の登りを見てたような気がするんですよね。

スマホもなかったし、客層もクライミング中毒みたいな人たちばっかりだったし、誰かがトライすればそちらに注目が集まったから、途中打ちかどうかはすぐにわかって、本気トライの時には核心部分で「ガンバ!」って、ここ一番の応援していた気がするんですよ。

当時のクライマーって「俺が一番に登ってやる」とか「あいつには負けねぇ」みたいな人たちが多くて、ボルダリングが今よりも「勝負」って感じだったんで、なんなら応援しない人もいましたけどね。「落ちろ」くらいの人もいたと思うし。

まぁ言うて僕もそんなに古い人間じゃないんですけど、そういう雰囲気を体感した最後の世代くらいだと思います。三国志で言うと姜維くらいのタイミング。

で、本題なんですけど当時すごく苦手な人がいたんです。

もうゴリゴリのクライマーって感じの常に山帰りみたいな雰囲気を纏ってる強面のおっさんで、僕に対しては「邪魔」とか「うっせぇ」くらいしか言わなかったし、当時は「あいつ」「お前」みたいな感じで名前も呼ばれたことがなかったと思います。

その頃の僕は当然今よりも弱かったし、新参だったし、おっさんからしたら取るに足らない存在だったんでしょうね。

その後、弱いなりに登り続けて、教本も読み漁って知識的な補強もして、強くなったとは言えないけれど「とりあえずクライマーを名乗れるくらいにはなったかな」なんて思っていた頃、ジムで何度も落とされている課題に本気トライをしていたんですよ。そうしたら後ろから、

「ガンバ!」

って野太い声が聞こえたんです。おっさんの声でした。

更に「いけるよ。絶対いける!」って。

それを聞いて「ああ、おっさんから見て自分はこの課題に登れるクライマーなんだ」って、気持ちが引き締まって、でもその時は結局落ちちゃったんだったかな?最終的には完登できたんですけどね。

これがめちゃくちゃ嬉しかったんですよ。

なんか勝手に認められたような気持ちになりましたね。実際その後は名前で呼んでくれるようになりましたし、外岩にも一緒に行ったりなんかして。今は僕が別のジムメインになっちゃったんで会うことも少なくはなったんですが、顔を合わせれば世間話くらいはしています。

そんなわけで僕にとって「ガンバ」って言う言葉には思い入れがありまして、いや、だからと言って「軽はずみに使うな」とかそういう話ではないんですよ。フルコンボ狙ってるのか知らんけれども、太鼓の達人ばりに連打するのはやめて欲しいって言うお話です。応援なんだから。

もちろん連打している人も善意で応援してくれているので有難い気持ちはありますけどね。ただ如何せんうるさすぎると言うか、度が過ぎる人もいてちょっとね。

で、割と最近、この度が過ぎる応援?に関して腸が煮えくり返るような出来事がありまして、それも書こうと思ったんですが、長くなったので明日に分けます。

続く。

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