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転 #最後の日 #シロクマ文芸部

 最後の日、誰に見送られるわけでもなく18年過ごしたその家をあとにした。父と母が身を削って建てた木造家屋には陰湿な空気がよどんでいた。呼吸ができない。何かに締め付けられ、重苦しい荷物を背負った日々であった。新幹線の切符を握り、大学というあらたな舞台へ向かった。

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 毎晩の酒宴、牌をかき回す音、叫び声...200人あまりの学生が暮らす古びた鉄筋コンクリートの建物は、希望、野心、挫折、享楽、性的欲望、、、さまざまなエネルギーが渦をなし鬱積し発散していた。ひとりになるためにそこを出た。

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 高層アパートの9階からは、遠く六甲の山並みや、臨海工業地帯のコンビナートをかすかに望むことができた。女が訪ねてくることもなくなったその部屋は、ただ空虚なだけの、時が沈黙した場所となっていた。忘れること、強くなること、大人の男になること、それだけを心に決め、荷物をトラックに積んだ。明日からネクタイを締め、別の自分になる。繊細で真っすぐな序章が終わった。

  

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