20210901

彼は料理が好き。緊急事態宣言で外食を控えているので、私のリクエストした料理を彼が作って一緒に食べるのがここ数ヶ月のお決まりになっている。事前にリスト化してある私の食べたいものリストから、今日はガーリックシュリンプが選ばれた。私のために料理を作ってくれるのは嬉しいが、先週から軽いつわりのようなものがあるので食欲はない。

マンションに到着すると彼はキッチンに立っていた。
洗面台で手を洗いながらキッチンに向かって話しかけたが
「エビがジュージューうるさくて聞こえないよー」
との返事。
手を洗い終えたら、カウンター越しに料理している彼とお話するのがいつもの流れ。41歳のおじさんが真剣にエビを料理している姿は可愛い。

彼の部屋には、料理の為の調味料やスパイス、カクテル作りの為のリキュールが驚く品数で陳列されている。オタク系独身貴族なのだ。
「ガーリックシュリンプにはビールが合うと思うんだ」
と言ってビールを勧めてくる彼に、私は飲まない方がいいと思うんだよね。と諭して水をいれてもらう。彼は目を丸くして、自分も水を飲み始める。結局ディナーの時も彼は水を飲んでいた。ビール飲みたいなら飲めばいいのに。



エビを挟んでダイニングテーブルに座る。
私は正直、今回の妊娠についてどうするか決めかねていた。ただ、全ての可能性を検討して話し合って決めたいという思いはあった。今日までに、妊娠出産そして結婚生活と子育てについて調べた。もしシングルマザーになったら、どうゆう支援が受けられるのかも調べた。無痛分娩をやっている産婦人科も、中絶手術をやっているクリニックも調べた。その事を彼に伝えた。

それを聞いて彼は、乙女座の強い山羊座らしく話し始めた。

「まず、君と僕との間の事だからお互いに責任はあると思っている。でもこれは君の身体のことになってくるから、今回の件について僕の意見と君の意見の重要性は50:50ではないと思うんだ。僕は君の考えを尊重したい。どんな決断でもサポートするよ。
でも、正直僕は長く付き合っていた前の彼女との婚約を解消してから、まだ充分な時間が過ぎていないと思っているから、今君と結婚はできない。
君が産みたいと言うのであれば、もちろんサポートはするよ。だけど僕の仕事は特殊で、日本での任期はあと1年しかないから来年の夏には日本を離れる事になる。そうしたら、金銭面でのサポートしかできない。それを理解した上で、君が僕に子育てに関わって欲しくないと言うならそれに従うよ。」

私は、割と冷静に聞いていた。
元婚約者と別れて間もないからって部分には動揺したけれど。
彼の言葉は冷静で、客観的にすら感じた。
私の決断に任せるという事は理解できたけど、彼はどうするのが最善だと感じているのだろうと思い、聞いてみた。

「繰り返しになるけど、僕が何が最善だと思うかは君の意見に比べたら大切ではないと思うんだ。でも、もし本音で話すなら、今回は産まない方がいいと思う。」

仕事や元婚約者や経済的な事を抜きにして
私と彼と子供について、彼が意思表示をしたのはそれが初めてだった。
まぁ、今日ビールを勧めてきた時点でそうなんだろうなとは感じていた。
その後はまた客観的に、現実的な話に戻る。

「もし、妊娠出産で君が働けなくなるのであればその時期の金銭面は任せてくれればいいし。出張がなくて、定時であがれる様な仕事に転職するなら、生活費も出すから。そして将来、もし君が誰かいい人に出会ってその人と結婚するなら幸せになってほしい。」

彼の言葉を聞いて、どう返答しようか考えている間、彼の顔が見れなかった。
彼の顔から斜め左下に視線を落とすと、タワマンの窓から大阪の街が見えた。
自転車や歩行者が交差点を渡っていた。
ぼんやりと、彼の気持ちは充分聞いたかな、私は彼の本心がきちんと理解できたかな、と考えた。

きっと、もう充分聞いた。



【この続きは私の心情や、決断、彼のバックグラウンドなどの記載があります。気分を害される方もいらっしゃると思います。限定公開にするために有料設定をしています。書くことで、自分の気持ちの整理をしたことをお察しください。私の経験が、いつか誰かのお役に立てるかもしれません。】



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