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【試し読み】崔盛旭『韓国映画から見る、激動の韓国近現代史』より(「はじめに」)

はじめに  

 韓国映画には「歴史」を取り上げた作品が多い。とりわけ日本の植民地政策への抵抗を示した1919年の「3・1独立運動」から100年の節目を迎えた時期と前後して、植民地時代を振り返り、新たな角度から物語化した映画が数多く登場した。「ファクト(事実)」に「フィクション(虚構)」を合わせた映画に「ファクション」という韓製英語がつけられたのも2000年代に入ってからである。
 考えてみると、韓国の近現代史は激動そのものだった。日本による植民地支配から解放されたのも束の間、左右のイデオロギー分裂による朝鮮半島の南北分断、朝鮮戦争と軍事独裁、そして民主化のための闘い─。その良し悪しは別としても、浮き沈みの激しい、実にダイナミックな歴史を歩んできたと言わざるを得ない。のちに金大中大統領が、「ダイナミック・コリア」をスローガンに打ち出して韓国の国家ブランドを世界に発信したが、彼がそう名づけるまでもなく、韓国はダイナミックな歴史を歩んできたのである。
 私は大学などで教える際、このような韓国近現代史を「3反の歴史」と名づけ、「3反=反日・反共・反米」こそが歴史を読み解くうえでもっとも重要な概念、キーワードであると強調してきた。時の権力者によって3反がいかに利用され、それに対して国民がどのような抵抗を見せたのかを考えることで、時代ごとの状況が浮かび上がってくるからだ。日本による植民地侵略から形成された「反日」、解放直後の南北分断と朝鮮戦争を経て強化された「反共」、光州事件での新軍部の虐殺を黙認したアメリカに対する反発から本格化した「反米」は、それぞれ親日・容共・親米の概念と対立しながら、現在に至るまで韓国近現代史の底流となっている。そして忘れてならないのが、3反の歴史は同時に「コリアン・ディアスポラ」という存在を生み出したことである。激動の歴史の過程で生まれた「在日コリアン」「中国朝鮮族」「脱北者」「移民」といったディアスポラは、東アジアを中心に、アメリカ、中央アジア、ヨーロッパと世界中に広がっている。
 幸いなことに、軍事独裁を屈服させた1987年6月の民主化闘争における勝利以降、3反はゆっくりとではあるが確実な形で変化を見せている。反日は、日本を知って乗り越える「知日」「克日」といったより包括的な方向へ、反共は、一つの民族という観点から和解と融合の道へ、反米は、アメリカによる新たな植民地化を牽制し民族自主の模索へといった具合に、民主化の浸透とともに3反も少しずつ雪解けに向かっていった。
 こうした政治的変化とともに、社会、文化的な面も変化を遂げている。なかでも注目すべきは、韓国社会に重くのしかかっている「儒教」的慣習をめぐる変化だろう。儒教においては男女、年齢、地位など家族や社会の様々な人間関係の「上・下」を絶対視するがゆえに、差別や偏見、暴力といった問題が絶えず起こってきた。「上」は「下」に何をしてもよく、どんなことがあっても「下」は「上」に絶対服従すべきといった認識が当たり前のものとされていたからこそ、様々な問題が蔓延したのだ。民主化の風は、この垂直的関係性にも「水平」「平等」の概念をもたらした。その結果、女性の社会進出、子どもや障がい者、外国人労働者の人権保護、性的多様性の受容といった、社会的弱者をめぐる問題が解決すべき課題として「可視化」されるようになった。もちろん儒教的慣習に基づく韓国の価値観は根強く残っており、解決にはほど遠いものも多い。だが少なくとも、韓国社会がこれらの問題から目を逸らそうとせず、社会が抱えている問題として直視していることは確かである。それは何より、本書で取り上げている映画作品を見ればわかることだ。
 以上のような問題意識にもとづき、本書では「韓国と日本・アメリカ・北朝鮮」「軍事独裁から見る韓国現代史」「韓国を分断するものたち」「韓国の〝今〟を考える」の4章に分けて、韓国近現代史や韓国ならではの社会問題をテーマにした映画作品について解説している。いずれも2000年以降に作られた近年の力作ばかりである。また各章に一つずつ、章のテーマとも関連づけながら「映画作家」の視点から書いた文章も収録した。
 韓国の歴史や社会を前面に出し過ぎてしまったかもしれないが、本書が扱うのは「映画」である。それも小難しい芸術映画ではなく、一人でも多くの観客に観てもらおうと作られた娯楽映画であり、実際に韓国で大ヒットした作品も少なくない。第一義にはエンターテインメントとしての映画の存在意義を忘れずに、そこから透けて見える社会、あるいは映画の面白さをさらに高めているとも言える歴史を一緒に味わってもらえればと思う。

(つづきは本編で)

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『韓国映画から見る、激動の韓国近現代史』
歴史のダイナミズム、その光と影
崔盛旭
http://www.kankanbou.com/books/essay/0624

四六判、並製、368ページ
定価:本体2,200円+税
ISBN978-4-86385-624-0 C0074

デザイン 戸塚泰雄(nu)

【著者プロフィール】
崔盛旭(チェ・ソンウク)

1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。明治学院大学、東京工業大学、名古屋大学、武蔵大学、フェリス女学院大学で非常勤講師として、韓国を含む東アジア映画、韓国近現代史、韓国語などを教えている。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)、『韓国女性映画 わたしたちの物語』(河出書房新社)など。日韓の映画を中心に映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

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