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★『ブンバップ』刊行記念特設ページ★『ブンバップ』と聴きたい川村有史さんプレイリスト ほか

★『ブンバップ』刊行記念特設ページ★

《みんなして写真のなかで吸う紙のたばこ 爆発前のSupreme》第3回笹井宏之賞永井祐賞受賞! 川村有史第一歌集!

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川村有史『ブンバップ』 装丁:森敬太 装画:嘉江

『ブンバップ』と聴きたい川村有史さんプレイリスト

★Spotify で聴けるプレイリストはこちらから!

1.I’ll Still Love You/King James Version 
スペシウム光線はフィニッシュの技だけど、べつに最初に打ったっていい。
2.Gas Face / 3rd Base 
僕が生まれる3日前に、この曲を収録するサード・ベースのアルバムはリリースされた。1989年。
3.Nappy Heads/Fugees 
ローリン・ヒルのrap。
4.Wrekonize/Smif-N-Wessun 
煙た系といえばスミフン・ウェッスン。
5.Preservision/Wu-Tang Clan 
「C.R.E.A.M.」じゃないの?って、それはそう。
6.The Shit is Real/Fat Joe 
MPVってどういう乗り心地なんだろう。スピードは出ないだろうな。でもきっとexcitingだ。
7.Flava In Ya Ear/Craig Mack 
引き算のビートが心地いい。
8.Memory Lane (Sittin' in da Park)/Nas 
Nasから一曲に絞るのは無理だっていう前提で。たむろするってこういうことだ。
9.俺たちのブルース/瘋癲 
かるくシフトダウン。
10.Welcome to the Show/J Dilla 
コモンと悩んで、ディラにした。
11.Rotten Apple(feat.50CENT&Prodigy)/Lloyd Banks 
ごめんなさい、完全に小ネタです。
12.軽自動車/SUSHIBOYS
SUSHIBOYSは音楽を楽しんでいるんだろうなって思う。ぼくの2代目はアルトラパンだった。
13.Angels(feat.saba)/Chance The Rapper 
たぶんこの年は一番チャノを聴いた。
14.君に夢中/宇多田ヒカル 
そしてこの年はたぶん宇多田を一番聴いた。
15/Gospel (With Eminem)/Dr.Dre 
初めて買った輸入版は「D12World」で、買ったゲオはもう潰れてしまった。学校の帰り道だった。
16.Bookfiend-Clams Casino Version/MF DOOM
こういうのアリなんだ、って。
17.Nowhere2go/Earl Sweat Shirt 
Odd Futureは外せないし選ぶのもむずかしい。
18.Mement Mori Again/OMSB 
いいかYoung gun見失うなよ。
19.Sky Limit/ANARCHY 
結局のところぼくのHIPHOPはANARCHYで、それはきっとずっとだ。これから、ってこれまでだから。
20.It's Just Begun/Jimmy Castor Bunch
みんなもうダンスはやめてしまった。けど新しい家族と共にある。

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そこに在る音 

 公道には速度制限があって、みんな大体でそれを守りながら、大体で破る。制限速度が50キロの道は、70キロぐらいまでなら警察が見逃してくれる。

 この歌集のカバーには、車が白と黒のコントラストで描かれている。せっかくだから車を運転しながら聴くときに気持ち良い曲を選びたいと思ったけど、ジャンルとしてのboombapはそんな感覚にすこしそぐわない気がする。たとえば高速道路を走るとしてきっとBPM120ぐらいの曲であれば、心臓の鼓動にタイヤの回転がつらなってvroom。けどboombapのBPMは大半がそれに満たないし、キックとスネアの重さも相まって、風をきるイメージの運転にちょっと噛み合わない。
 国内と海外を分けるべきかも考えた。boombapとそれ以外も。けどそんなことはむりで、だってぼくは両方を聴いてきたし、この歌集のうしろでもいろんな音楽が流れていたはずだ。道の凹凸、季節の木々、いっしょに乗っている人、ハンドルを握る手の汗、すべてが違って一回きりだ。だったらまぜこぜでいいじゃんか。まぜこぜ。白・黒・黄色。そう思ったからそうする。ぼくのドライブをする。

 そのような事を考えた末に、ここではHIPHOPの音楽からすべてを選んだ。それがこの歌集にこのタイトルをのせた、ぼくなりの誠意なんだと思う。結果的におおよそ年代順のプレイリストになった。この歌集は主に編年体で構成されているから、それは必然だったとも捉えることができる。

 東と西、ビギーと2PAC。その間にはシカゴやアトランタがあってもっともっと、ラップが盛んではない街もたくさんある。でも全て陸路でつながっていて、周りを囲んでいる海と海。土地が違っても時代には時代の流行りっていうものがあって、流行りっていうのは大体にしてリズムのことだ。みんなで同じリズムに体を揺らす。ブーンバップ、ドリル、グライム、トラップ……。トヨタのエンジンにも、ナイキのソールにも、その時代に上限とされる性能があって、そこへフィジカルを預ける。その間も路上はずっとコンクリートで、そうした路上空間に生じる摩擦を、反発を、どうにか減らしながら人はやっていく。その生活はリズムで、リズムは鼓動じゃんか。それぞれのBPM。

 50キロで走行していると、風とぶつかる針葉樹の歯の揺れがすこし見えたりする。70キロ出すと景色が引き延ばされて、今度は枝葉と民家が混ざり合う。そしてぼくの身体が速いとき、じゃない、100キロに達したとして……よくわからない。ぼくがいつも運転している車は100キロが出ないから。
 それでも車を運転しているとやはり速度は一定でなくなっていく。スピードを持つ。クラッチペダルの上で左足を上げ下げしながら、エンジンの回転数に合わせてギアを選択していく。信号があれば止まる。トラックの大きな半身とすれ違う。ピストレーサーに追い抜かれる。それを子供たちが見ている。

 ぼくはサーファーじゃないから、波のうねりのほんとうの力強さをわからない。視覚は備えているけど、ウレタンの板の上に乗らなければそれをわかることはできない。

 友達がいつも歌ってくれるMexicoのチャラい曲、あれどこから持ち帰ったんだよ。尋ねたことが確かにあったのに、もう思い出せない。

 薬物をやったけどほんとうにそれっきりでやめられたって言っていた先輩と、やめられなかったって言っていたテレビの人。

 好きだった本を読んで、好きだった本が増えていく。嫌いな本のことはずっと覚えている。忘れたいものほど濃い色で、なんであのハードカバーの手触りが残ってる?

 別れ際にまちがえた言葉を投げてしまって、それでもぼくに手を振り返してくれた人は、それからずっと会っていない人になった。

 そうした暮らしのぜんぶ、後ろで流れていたのは音楽だ。耳で聴きにいかなくたって音はそこに在るまま。風呂場で、街で、乗せてもらった車の中で。僕のこころの奥底鳴って。

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川村有史(かわむら・ゆうし)
1989年青森県青森市生まれ。群馬県在住。2012年頃より作歌をはじめる。2015年頃まで歌誌「かばん」に所属。2020年、「退屈とバイブス」で第3回笹井宏之賞永井祐賞受賞。2022年、第10回現代短歌社賞佳作。

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