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大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 17

王后が国を出立して十日が過ぎようとした頃。正妻は見事な肉の塊となっていた。眞奈瑛と樹莉奈は毎日ルンルンでやっていたのでツイツイやりすぎてしまったのだ。本来ならもう少し時間を掛けて肉の塊にするのだが、既に正妻の首から下の皮は全て剥がされ、四股は綺麗に無くなっていた。二人が首から上の皮を剥がさなかったのは其れが誰かを分からせる為である。
 だから、其れからの毎日は死なない様に薬草を塗りたくるだけの日々が続いたのだが、王后が到着する三日前には残しておいた耳を引きちぎり、目をくり抜き、鼻を削いだ。そして王后が到着する前日に二人は姿を消した。
「あ〜あ…。とうとう終わってしまいよったじゃか。」
 残念そうに樹莉奈が言った。
「じゃが、最後の顔は見ものじゃったじゃかよ。」
「じゃよ…。我はあの顔で二回も昇天してしまいよった。」
「あ〜分かりよる。」
 と、二人はハナ国に向けてエッチらホッホ。役目が終わったので数年ぶりに国に帰るのだ。
「じゃが何年ぶりじゃかよ ?」
「う〜む。忘れよった。じゃが、まったく帰っておらん。」
「じゃよ。皆は元気にしておるんかのぅ…。」 
 と、浜に向かって歩いて行った。
 だが、これで話が終わった訳ではない。寧ろ実儺瀨(みなせ)達にとっては今からが本番である。何せ此処でしくれば全てが水泡となるからだ。
「さて…。ソロソロ王后が来る頃じゃ。」
 実儺瀨(みなせ)が言った。
「既に百の娘が山道の茂みに待機しておる。」
 臥麻莉が言う。
「良い…。」
 そう言うと実儺瀨(みなせ)と臥麻莉は人の中に紛れて行った。
 王后が到着したのは其れから暫くしてだった。侍女五十人、兵百人を連れての到着である。突然の到着に人々は慌てて王后を出迎えた。
「お、王后…。」
 王后の来訪を聞き慌てて将軍がやって来た。
「これは、これは将軍。お元気ですか ?」
「は、はい。しかし、お便りを頂ければ迎えを…。」
「構いません。カワユイ息子に会いに来ただけですから。」
 と、王后と将軍が話している間に五瀨の下には伝令兵が大慌てで報告しに行っていた。伝令兵は五瀨の住居に着くや力一杯戸を開け言った。
「五瀨様 !」
「どうしたそうぞうしい。」
 伝令兵を睨め付け五瀨が言った。
「お、王后が…。」
「王后…。母上がどうした。」
「来られています。」
「母上が ?」
 と、五瀨は眉をしかめた。
「今将軍が話を…。」
「分かった。私も行こう。」
 と、五瀨は立ち上がり外に出て行った。
 外に出るとザワザワと騒がしい。王后が突然やって来たのだから落ち着きが無いのは仕方ない。だが、問題は何をしに来たのかである。

 何故このタイミングで王后が来たのか ?

 何とも嫌な気分である。

 五瀨はテクテクと歩き集落の門に向った。
 奴婢の反乱で炭と化した集落は其のほとんどが綺麗に建て直されている。其の所為とは言わないが高千穂の洞は未だ手付かずのままだ。五瀨としてはサッサとあの忌々しい女を洞に閉じ込めておきたいのだが、集落の再建を最優先にすべきと眞奈瑛と樹莉奈が助言したのでそうする事にした。だが、此処で母上が来たのは計算外だった。しかも、五瀨は足首を切り落とさせている。万が一にも其れを母上が見たらどう思うのか…。五瀨はテクテクと歩き乍ら色々と思案した。思案した結果元正妻は死んだと言う事にした。と、考えている間にゾロゾロと歩いて来る一行に出会した。
「は、母上…。」
「五瀨…。久しぶりです。元気にしてましたか ?」
「はい。所で突然どうしたのです ?」
「我が子に会いに…。」
「そうですか…。」
 と、五瀨は自分の住居に王后を案内した。
 住居に着くと二人は腰を下ろし、先ずはたわいも無い話を始め少し気持ちを落ち着かせた。
「所で娘(五瀨の正妻)は来ないのですか ?」
 唐突に王后が言った。
「はい。実は正妻は死んだのです。」
 五瀨は悲しい表情を作り言った。
「死んだ ?」
 王后は驚いた口調で言う。
「はい。流行病かと…。」
「流行病…。そうでしたか。其れで娘は苦しまずに逝けたのですか ?」
「其れが…。手足は浮腫、顔には腫れ物が出来、高熱をだして…。」
 と、五瀨は嘘泣きを始めた。
「な、何と言う事でしょう。あの様に素晴らしい娘が苦しまねばならないとは…。」
 王后も泣いて見せる。
「はい。私も残念でなりません。」
「此れでは那賀須泥毘古(ながすねびこ)も無駄死にでしょう。」
「え ? 那賀須泥毘古(ながすねびこ) ?」
 と、五瀨は嘘泣きをやめ眉を顰めた。
「那賀須泥毘古(ながすねびこ)です。」
「那賀須泥毘古(ながすねびこ) ?」
「どうやら那賀須泥毘古(ながすねびこ)の言う事は本当の事だったのですね。」
「那賀須泥毘古(ながすねびこ) ?」
「そう。貴方も知っているでしょう。」
「否、知りません。」
 五瀨はキッパリと嘘をついた。
「知らないと ?」
「はい。知りません。」
「知っているのですね。」
「否、知りません。」
「嘘はいけません。知っているのでしょう。」
「何故私が嘘を…。其の様な者は知りません。」
「五瀨…。私は貴方の母です。自分の子供が嘘をついているかどうかぐらい分かります。」
「いくら母上と言えど…。」
 と、五瀨は突き刺さる母の視線をソッと逸らした。
「さぁ、白状なさい。」
「あ、あ〜。知っています。ですが、何故母上が那賀須泥毘古(ながすねびこ)を知っているのです ?」
「其の那賀須泥毘古(ながすねびこ)が娘を助けて欲しいと言って来たのです。」
「真逆…。」
「本当です。那賀須泥毘古(ながすねびこ)は其れが真である事を証明する為に自ら喉を掻っ切ったのです。」
「創作ですか ?」
「本当です。」
「否、そんなはずは…。反乱を起こした奴婢は全員殺したはず。」
 と、言って五瀨は口を押さえた。
「五瀨…。其れで娘は何処にいるのです ? 真逆、殺したのではないでしょうね。」
「否…。ですが母上。那賀須泥毘古(ながすねびこ)からどの様な話を聞いたのかは知りませんがあの女は私の国に混乱をもたらしたのです。」
「混乱 ? 混乱をもたらしたのはあの二人の妻の方なのではありませんか ?」
「違います。あの女は強かでとても危険なのです。あの女は私の政策に反対し続け、突如手の平を返した様に私の手助けを始めました。国力を高めるためと奴婢の待遇を改善し始めたのです。私も当初は不思議に思っていましたが、生産性が上がり私はあの女を信用してしまった。だが、其れがあの女の策だったのです。あの女は奴婢の待遇を良くする事で奴婢からの支持を集め反乱をおこしたのです。」
「其れは那賀須泥毘古(ながすねびこ)から聞きました。ですが那賀須泥毘古(ながすねびこ)は反乱を起こす気は無かったと言っています。」
「他の奴婢も同じ様な事を言っていました。」
「なら、何故娘を信用しなかったのです。」
「疑いがあったのです。其れに奴婢の言葉には信憑性が…。」
「嘘の情報を流した女ですか ?」
「其れもあります。」
「其れも ? 後は何です ? 例の二人の妻ですか ?」
「あの二人は関係ありません。」
「関係が無い ? 私にはあの二人が嵌めた様にしか思えません。」
「真逆…。」
「其れで、其の女は見つけたのですか ?」
「女 ? 集落の再建で其れどころではありません。」
「再建をしながらでも女は探せます。何より其の女が二人の妻と関わりがあるやも知れません。そうなれば二人の妻が娘を嵌めた事になりましょう。」
「いい加減にして下さい。母上はあの女の事を理解していない。母上はあの女に目を掛けているから庇うのです。だが、私は裏切られたのだ。」
「裏切られた…。分かりました。其れで娘は何処にいるのです ?」
「あの女の住居に監禁しています。」
「そうですか…。」
 と、王后は腰を上げた。
「何処に行くのです ?」
「娘に会いに。」
「其れはなりません。」
「貴方が決める事ではありません。」
「否、ここは私の国。如何に母上と言えど従って貰わねば困ります。」
「違います。此処は迂駕耶(うがや)が治める八重国です。貴方は其の一部を任されているに過ぎません。私は迂駕耶(うがや)の命で此処に来ているのです。」
 そう言って王后は住居から出て行った。五瀨は何ともな表情を浮かべたが、止めようも無いので次の言い訳を考える事にした。
 住居を出ると王后はテクテクと正妻の住居に向かった。外で待機していた将軍と侍女達も王后に付き従ったのだが出てきた王后の様子が少しプンプン気味だったので無駄なお喋りはしない様にした。
 そのまま王后は何も話さないまま正妻の住居まで歩いた。其の様子を見やり侍女の中に紛れている二人の娘はニンマリと笑みを浮かべている。正妻を見た時の王后の姿を想像しているのだ。そんな二人を実儺瀨(みなせ)と臥麻莉が見やっている。チロリと娘が実儺瀨(みなせ)を見やり指を器用に動かして見せた。其れを見やり実儺瀨(みなせ)も指を動かして見せた。此れは左主の娘達が使う指言葉である。娘達は此の指の動きで会話が出来るのだ。
 実儺瀨(みなせ)と娘の会話は以下である。
 実儺瀨(みなせ)久しぶりじゃ
 うむ。元気じゃったか ?
 すこぶる元気じゃかよ
 其れは良かったのじゃ
 実儺瀨(みなせ)達も元気じゃったんか ?
 皆元気岩木じゃかよ
 安心しよった

 以上である。
 さて、其れなら暫く歩き王后は正妻の住居に辿り着いた。
 一際大きな竪穴式住居、其れを囲む柵は高く広大である。番兵達が立つ入り口から住居を見やれば其れが小さく見える程である。無論以前には此の様な策は存在していなかったし、住居の周りには他の住居が幾つかあった。其の後が残っているのかどうかは分からないが今あるのは正妻の住居だけである。
 王后は番兵を見やり柵を開ける様に言った。番兵は五瀨の命令無しには開けられ無いと一度は断ったが将軍が再度開ける様に言ったので仕方なく柵を開けた。
 柵を開けながら番兵は何ともバツの悪い顔で王后を見やった。番兵も正妻の足首がない事を知っているからだ。だが、そんな事とは非にもならない状態になっている事を番兵は知らない。五瀨が眞奈瑛と樹莉奈以外は会ってはならぬと言ったからである。だから、番兵達が危惧したのは王后を入れた事で自分達にお咎めがあるのでは無いかと言う事である。王后も又正妻が酷い目に遭っている等とは考えてもいない。ただ一秒でも早く解放してやりたいと思っているだけである。正妻を解放した後、再度五瀨と話し合い、話が纏まらねば本国に連れ帰る。王后はそう考えていた。だが、其の考えは住居に近づくに連れ言い知れぬ不安に変わっていく。

 何とも言えぬ異様な臭気が漂ってくる。

 王后は一瞬立ち止まったが直ぐにパタパタと走り出した。
「王后…。」
 そう言って宇豆毘古(うずびこ)も走り出した。
「王后…。」
 王后は答えず無心に走りポロポロと涙を流し始めた。
 異様な臭気は更に強くなって行く。
 其れは住居に近づけば近づく程に…
 鼻を刺す。

 既に遅かったのかも知れない。王后はそう感じていた。否、五瀨に限って其の様な事は無い。王后は自分に言い聞かせなおも走った。だが、不安は消えない。消えないから走るのだ。そして住居に着くや間髪入れず戸を開けた。
 中から何とも言えぬ臭気が襲い来る。其の臭いに王后は思わず腹の中の物を吐き出してしまった。
「な、何ですか此の臭いは…。」
「死人の臭いです。」
 王后の背中を摩り乍宇豆毘古(うずびこ)が言った。
「死人 ?」
 と、中を見ようとする王后を宇豆毘古(うずびこ)が止めた。
「見てはいけません。」
「な、なにを…。」
 と、宇豆毘古(うずびこ)を見やると宇豆毘古(うずびこ)はポロポロと涙を流していた。
「宇豆毘古(うずびこ)…。」
「王太子は華夏族に成り下がってしまった。」
「五瀨が ?」
 と、王后は宇豆毘古(うずびこ)の手を払いのけ中を見やった。

 そして…

 頭の中が真っ白になった。

 目の前の現実を受け入れられなかったのだ。
「あ、あれは何です ?」
 王后が問うた。
「五瀨様の正妻でしょう。」
 肉の塊を見やり宇豆毘古(うずびこ)が答える。
「あれが…。あれが娘…。」
 と、王后は慌てて正妻の元に駆け寄った。
「あ…。あ…。」
 優しく正妻の顔を包み王后は大声で泣いた。其の声を聞いて外で待機していた侍女達が慌てて中に入って来た。幸いな事に王后の体が肉の塊を隠していたので侍女達には其れが見えなかった。
「王后…。帰りましょう。」
 宇豆毘古(うずびこ)が言った。
「娘が…。娘が…。」
 と、泣き崩れる王后を見やり宇豆毘古(うずびこ)は正妻がまだ息をしている事に気がついた。真逆とは思ったが宇豆毘古(うずびこ)は正妻の口に耳を近づけた。
 矢張り息がある。
 其れは微かだが間違いなく正妻は生きていた。
「王后…。正妻は未だ生きています。」
「生きている ? 気休めはいりません。」
「気休めではありません。まだ微かに息がある。」
「息が…。」
 と、王后は正妻の口に耳を当てた。確かに宇豆毘古(うずびこ)の言う通り微かな息づかいを感じた。
「まだ生きている。娘は未だ生きているのですね。」
「ですが、既に目は無く、耳も無い。鼻も無ければ舌も有りません。」
 正妻の口の中を見やり言った。
「でも娘は生きていてくれた。」
「四股もなく、皮も剥がれ何故生きていられるのか…。」
「私に伝える為です。」
 涙を拭い王后が言った。
「伝える ?」
「私は王后…。否、五瀨の母として其の責任を負わねばならぬと言う事です。」
 王后は強い眼で宇豆毘古(うずびこ)を見やり言った。
「応…。私達は華夏族にはならない。」
「宇豆毘古(うずびこ)…。此の娘を楽にしてやってもらえますか。」
 そう言って王后は立ち上がり正妻を見やる。
「仰せのままに。」
 宇豆毘古(うずびこ)は剣を抜き正妻の喉を突き刺した。

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