きっと何度も思い出す、「非日常」な週末。
ここ数日、ずっと頭がいっぱいで、気持ちもすっとせず、体調までぱっとしなかった。季節の変わり目とか気圧のせいだと思っていたけど、空と風が穏やかになっても戻らない。家で過ごす休日が大好きなのに、なんだかうまく過ごせない。
そんなときにふと、遠くへ行くのがいいかもと思った。地元でも、仕事先でもない、遠くのまちで過ごす休日を想像したら、気持ちがふわっとした。
誕生日があるし、ちょっと贅沢をしてもいい。コツコツ貯めていた旅行予約サイトのポイントもある。ホテル近くの映画館で、観たかった映画も上映されている。こうして週末の小さな旅行が決まったのは、出発の3日前のこと。
目的地は、今住んでいるところから東に100kmほど離れたまち。出発当日の朝、早起きはしなかった。夕方の映画に間に合えば良かった。「せっかくだから」は、今回の旅にはいらない。お昼近くにぼちぼち出発。車を走らせても走らせても、帰ってからの予定や今進めている仕事のことばかりが頭をよぎる。音楽もかけず、2時間半ノンストップで運転し(道中、想像以上に何もなかった)、川沿いのスターバックスに着いた。
特別スターバックスに行きたかったわけじゃない。いつもなら事前に旅先で行ってみたいカフェなどを探して、その混み具合や駐車場について下調べしておくのだけど、それをしなかった。チェーン店なら調べなくても大体のことがわかる。
同じだけど、もちろん違う。時々原稿を書きに行くスターバックスは一階建てで、窓から見えるのは車が行き交う道路。今日は違う。二階建てだし、壁一面が窓になっていて、川が見える。なんだかものすごく遠くに来たような気分になった。それがやけにうれしくて、ほっとした。ホットのキャラメルマキアートのトールサイズを飲み終える頃にはもう、今日観る映画のことや、プレゼントでもらったクッキーについて考えていた。
夕方の映画館はすごく空いていて、観た映画は想像の何倍もすばらしくて、帰りにコンビニに寄ろうとしたらコンビニがなかった。川沿いの道は暗くて、心細かった。
「非日常を味わう」という言葉が一時期ちょっと流行った気がするけれど、それは旅先でとびきりの景色や海鮮丼を食べたりすることではなくて、普段とは違う道でコンビニの灯りを探したり、空いている映画館でぽつんと孤独になってみたり、そういうことに近いのかもしれない。そういうことは全然楽しくなかったはずなのに、不思議と記憶に残ったりして、ふとしたときに思い出す。絶景とか海鮮丼のことは、意外と思い出さなかったりする。
仕事で出張をしてひとりで泊まることはよくあるけれど、それ以外で、ひとりで宿をとって泊まるなんていつぶりなんだろう。考えてみたけど思い出せなくて、起きたら空は明るくて、もう春なんだと思った。ホテルの部屋を出たとき、「引っ越しの匂いがする」と思った。就職でこっちのまちに越してくるときに、こういう匂いに触れた気がする。私にとって、何かが始まるときの匂いだ。
予定を合わせてくれた元職場の先輩と散歩をして、お茶をして、お蕎麦を食べた。海が見える公園の駐車場で手を振ったとき、タイヤの周りでアンモナイトのようになっていた雪は落ちて、心にもちゃんと風が通ってた。帰りの道ではラジオを聴いて、音楽を聴いて、遠くのこれからを考えた。
あのスターバックスの窓から川が流れていくのを眺めたとき、その景色の中から雲が消えて、夕方に向かって空が晴れていくのを眺めたとき。映画館を出たらすっかり真っ暗になっていて、そこが本当に知らないまちだと気づいたとき。ラジオを聴きながらこれからを考えていることに気づいたとき。
そのときの気持ちを、きっとこの先、何度も思い出すと思う。自分の気持ちを、日常から遠いところに運べてよかった。必要なとき、自分の力で遠くに行くことができるのは、大人になってよかったこと。
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