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霜月、気持ちの冬じたく

11月10日、北海道のあちこちのまちで初雪が降った。11月14日、早朝うっすらととてもきれいな雪が降って朝8時頃には雫になって、それから乾いた日がつづいた。11月24日、夕方から強い風と雪。翌日も一日たっぷり降って、まちはすっかり真っ白になった。

今年最初の雪かきをした。たぶん根雪になると思う。長い長い、冬がはじまった。

北海道の冬は、ものすごく長い。年を重ねるほど、春も夏も秋もあっという間に過ぎていくように感じるけれど、冬だけは別。3月の卒業式に雪が降ったりするし、4月の入学式の頃まで道端に雪が残っている。毎年雪の降りはじめに指折り雪のある月を数えてみて、その長さにびっくりする。

冬は不便だ。雪道の運転はこわいし、雪かきは大変だし、16時には外が真っ暗になる。こんなに便利な時代になっても日々の行動が制限される。「やんなっちゃうねぇ」と言う声があちこちから聞こえてくる。

旭川の近くのまちで生まれて30年と少し、人生のほとんどを北海道の中で生きてきて、私は未だに北海道の冬が好きだ。好きだけど、始まりはどうしても、ほんの少し鬱屈とした気持ちになってしまう。

今年の冬もそうだった。冬タイヤに交換して、雪かき道具を出して、ニット帽やマフラーを出して、身の回りの冬じたくをしても、心のどこかで、スニーカーでふらっと出かけていける季節が名残惜しかった。実際、今年は秋が長かったような気がする。

だけど段々、乾いた風の中に冬のにおいがしてくると、なんとなく心も冬仕様になって、初雪の日の朝、カーテンを開けたときは素直にうれしかった。初雪の日の朝のにおいが、季節のにおいの中でいちばん好きだと思った。

そして昨日、窓の外に降りしきる雪を見ていたとき、長い長い冬へ向かっていく心の準備が整った感じがした。

スニーカーで、シャツ一枚で出かけられる軽やかな季節はしばらく来ない。マフラーをして、手袋をはいて、凍ったフロントガラスを溶かしてから出かけよう。ナビで表示される所要時間には、30分以上の上乗せを。家を数日空けるときには、水落としを忘れずに。

秋と冬の、その間。11月は、気持ちの冬じたくをする季節なのかもしれない。本格的な冬が始まる前の、準備期間。じんわりゆっくりと、気持ちを整えていく期間。春や夏や秋のように、駆け抜けるように迎えるには長すぎる季節だから。


友だちが暮らす森の家の窓

私は未だに北海道の冬が好きだ。窓の外に降りしきる雪を見た祖母が「やんなっちゃうねぇ」と言うときは「そうだねぇ」と合わせるし、きっと今年も何回かどか雪に見舞われて困るんだろうし、吹雪の道に泣きたくなったりすると思う。

でも、北海道で生きているということは、人生の半分くらいを雪の中で過ごしているということ。こんなに豊かで便利で、あらゆるものが平坦にならされていく時代に、それでも圧倒的に不便で厳しい季節があること。そこから何かを受け取ることがどうしても必要なんだと思う。

だから私はこの冬も、この季節を大好きでいたいし、雪のきれいさについて、日没の早さとその暗さについて、凜とした冷たい空気について、できるだけ言葉にしていきたいと思います。

今までいちばん寂しい季節だと思っていた11月が、大好きな月になりました。「霜月」という響きも好きです。少し調べたら、「雪待月」と呼ばれていたこともあるそうです。

11月26日、狩勝峠を越える。南富良野側は雪が積もっていたけど、十勝からはうっすら程度。今年も日高山脈に守られている。

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