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【カンボジア入国】人くらい信じたい

海外に行っては地元の料理や水を試してはもれなくお腹を壊す僕なのだが、今回もお約束通り便器で悶える事になった。これが僕にとってこの旅の始まりの合図のようなもので、これから免疫をつけるために必要な胃腸にとってのビザと言ってもいいだろう。ただ、お腹を壊すのに漏れなくという表現はあっているようで、あっていない気がしてならない。原因は屋台のちょっと危ない味のした謎の汁か、ベトナムコーヒーの飲み過ぎといったところか。

海外に行くことの楽しさの大半を占めるのが異文化に触れる事にあると思う。今まで自分が人生を通して作り上げてきた物差しで異文化と擦り合わせをして、想定の範囲内なことがあれば時には裏切られることもある。食事なんかは特にそうで、美味しそうだと思って注文したのがそうではなかったり。そこに楽しさはあるが悪い意味で言えば疑いを持っているわけで、食事以外にもこういう場面はたくさんある為何日も旅が続くと疲れてしまう。

なので人間ぐらいは信じたい。でも、これを一番信じてはいけない。特に料金の不透明な乗り物の運転手とか市場の販売員とか。人によっては値段交渉をして安く購入することに海外旅行の醍醐味を感じているかもしれないが、僕にとっては負担でしかない。ここからここまでの区間は一律〇〇ドルですよとか決めて欲しいし、商品には値札をつけ、観光客プライスとかやめて料金を明確にして欲しい。いちいち「この値段まじ?」みたいな気持ちを持ちたくない。

ベトナムのロンスエンからカンボジアへ向かう時のこと。バスで行く方法をいくら調べても出てこないので地元のカップルに尋ねてみると、バスでチャウドックという街まで行き他のバスに乗り換えればカンボジアの首都プノンペンまで行けると教えてくれた。彼らのいう通りチャウドックまで行き、乗り継ぎをしようとしたものの、いくら探してもプノンペン行きのバスが見つからない。すると僕がプノンペンに行きたいことを悟った怪しげなおっさんが執拗に僕を追いかけまわしてきた。そういう人ほどぼったくりが多いのでひとまず断ったものの、誰に聞いてもそのおっさんを指差すので「みんなグルなのでは」と思いながらもそのおっさんを信用することに。おっさんから値段を聞き、相場が分からないためなんとも言えず、信用しきれないままお金を払う。後になって調べたら、まあ妥当な料金だったので問題はなかったのだが、疑うことで変なエネルギーを使ってしまった。そのおっさんが、「俺はグッドパーソンだ」とか言うからさらに疑いの眼を持たずにはいられなかった。

世の中悪い人ばかりでは無いので、素直に信じさせて欲しい。熱心な仏教徒も多いこの国。"ものの値段をちょろまかしてはいけない"という教えを加えたい。

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