今もこうしてあるなかで VF4

 自分がバーチャシリーズを本格的に始めたのが4無印でした。
それまでのナンバリングについては
1:手つかず
2:触ったことあるだけ
3:ある程度動かせるようになっただけ
といった具合で対戦にのめり込むような遊び方はしていませんでしたね。
 とはいえ対戦格闘ゲーム自体にはどっぷりハマっており、主要なカプコンゲーやネオジオゲーには一通り手を出していました。そういう意味ではもともと2D勢だったわけです。むしろ3Dゲーは敬遠していました。
 振り返ってみると、どちらかと言えばリアリティを追求している(ように見えた)3Dよりも、ゲームとしてのおもしろさが完成されていた(ように見えた)2Dの方がより当時の自分の好みに合っていたのだと思います。手を出していたゲームでそれなりに勝てていた、というのもきっと理由としては大きかったですね。いわゆる村勇者を名乗れる程度の実力はありました。

 そんなある日、バーチャファイター4がリリースされました。
 はじめはその存在こそ認識してはいたものの自分でプレイすることはなく、それでも筐体の周りに人だかりができているのをゲーセンへ行くたび目にしており、人気あるんだなあ、くらいに思っていたものでしたが、当時としてはカードシステムが誰から見ても新鮮に映ったもので、自分と同じく2Dメインのプレイヤーだった友人がそれに興味を持ち、「一緒にやってみようぜ」と誘われたのが始めるきっかけでした。
 余談ですが、自分はストシリーズだと道着とザンギ、ヴァンパイアだとデミトリジェダ、餓狼シリーズだとテリーロックダック、KOFシリーズでは京庵大門クラークなどを好んで使用していました。強さは問わず主人公とそのコンパチ、あるいは投げキャラといった感じの傾向です。なのでバーチャでの使用キャラはおのずと決まっていました。

 自分がバーチャのどこに魅力を感じたのかと言えば、きっと「重心の低さ」だったのだろうと思います。その頃、2Dの多くは進化の方向が完全にコンボゲーへと傾いていて、
・いかに段数を増やすか
・どれだけ遠く、高くに吹っ飛ばせるか
・エフェクトをどこまで派手かつ豪快にできるか
といった演出がどんどん増えていたように思います。今考えてみればですが、そういうのにもう食傷気味だったのもきっとあったのでしょう。
 そんな中で、「痛さ」の表現が震脚による揺れだったり、カウンターを食らった相手が崩れたり、というのがとても気持ちよく感じられました。打撃の重さを感じられた、というのがより表現として正確かもしれません。自分の中で、バーチャファイターのリアリティがそこで初めて腑に落ちたのだと思います。「崩れ」表現がバーチャに加わったのが4だったので、やはりそれまでのナンバリングではダメだったのでしょうね。
 派手な演出がなくてもその痛さが伝わってくるような、スト2で言うならアッパー昇龍のような手元と画面が噛み合った手応えがゲームのあちこちから得られました。きっと、夢中になったきっかけはそこだったのだと思います。

 躍歩頂肘の腹崩れは、自分にとってそんな気持ちよさの集大成でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?