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【エッセイ】看板に偽りあり

 うかつなことに、カモシカは鹿の仲間でなく、牛科であると知らずに生きてきました。

 そこで思い出されたのが、上野動物園のタテガミオオカミです。「オオカミではありません」と、大きく看板に書かれていました。ちなみに、うなじの毛も黒くて逆立ってるけど、タテガミと言うほどでもないような。動物界の二重に「看板に偽りあり」動物として、貴重な存在なのかもしれませんね。

 いや、あんた、タテガミもなく、オオカミでもないのに、なんでタテガミオオカミなの? なんて。

 そのとき、世の中にはもっと看板に偽りありな動物たちがいるんじゃないかと、ふと思ったのです。

 たとえば、ピグミーネズミキツネザルは、どれほどややこしい名前を持っていようと、ピグミーでも、ネズミでも、キツネでも、サルでもありませんが、キツネザルの一種であるから、看板に偽りはないわけです。

 しかし、もっとシンプルな名前のアナグマは実は熊ではありません(それぐらい、みんな知ってるか)。ずんぐりしていますが、これはイタチの仲間。プレーリードッグも、どう見ても犬ではありませんね。

「かんやんさん、それならミーアキャットはどうですか? 猫じゃないですよね」
「いや、そう来ると思ったね。ところが、アフリカーンス語でミーアは餌となるシロアリのこと、キャットはcatではなくkat、マングースのことなんだよ」(←Wikipediaにそうありました)
「へー、勉強になりますね。てか、なんで上から目線なんすか? あれ! でもズーラシアのホームページには、オランダ語で『湖の猫』という意味だけど、なんで水辺に住んでいるわけでもないのにそう名づけられたか不明とありますよ」
「まったく見た目が猫でなく、水辺に住んでないどころか、そもそもオランダにも生息してないのじゃが……」
「ひょっとして、動物園の解説が間違えているかも……」
「ところが、ミーアキャットの生息地の南アフリカは元はオランダの植民地で、アフリカーンス語はオランダ語から派生した言語だから、ズーラシア説もあながち検討はずれとは言い切れないんじゃ」
「謎ですね……てか、なんで賢者の役割語なんすか?」
「meerkat(ミーアキャット)のmeerはオランダ語で湖という意味だけど、古い文献ではそのミーアがmierと綴られていて、それがシロアリのことなんだ」
「じゃあkatは?」
「それはたしかにオランダ語ではマングースではなく、ネコのこと。ただイエネコのいない南アフリカで、マングースのことを誤解してkatと呼ぶようになったのかもしれないね。タヌキもアナグマも、ムジナと呼ぶみたいに」

 残念ながら、ミーアキャットについては諸説あるようだけれど、他にも看板に偽りありな動物たちはきっとどこか存在していることでしょう。

「そういえば、カスピ海も死海も、海じゃなくて湖ですよね。あと、柚子胡椒はコショウじゃなくて唐辛子だ」
「いや、動物じゃねーし!」
「あっ、女優の吉田ようさんは、ヒツジではなくて、ニンゲンです。これって看板に偽りありだ」
「ええ加減にしなさい!」

(了)

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