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【エッセイ】駅前の本屋が閉店したと思ったら、新規開店していた件

 年末に駅前の行きつけの書店を訪れたところ、立て札が出ていた。

お客さま各位。たいへん残念ですが、諸般の事情により1月◯日をもちまして閉店いたします……うんぬん……長年のご愛顧ありがとうございました……かんぬん。

 あー、地元で40年以上も営業してきたこの本屋さんもとうとう閉業か、時の流れだなあ。ずいぶんと寂しくなる。大型店ではなかったけれど、文学、歴史、人文科学の新刊が充実していて、とても品揃えの良い書店だったのに。……面白そうな本を見つけては、タイトルを暗記して図書館で借りたりしたものだ。あ、いや、でもそれは高額な新刊の場合で、文庫や新書、ブルーバックスは必ずここで購入しましたよ、都心の大型書店ではなく。

「文学の街」とか「文士の町」とか言われる(昭和の昔に作家がこの辺りに多く住んでいたらしく、図書館にはコーナーがあったりする)この街の、最後の新刊書店もとうとう閉店か(古書店はたくさんある)。やはり時の流れには抗えないものだ。

 駅近のレンタルビデオ店が数年前に閉店したときにNetflixに加入したように、今回はKindleの端末を買って凌ごうか(携帯にアプリは入れていて電車移動時に青空文庫なんかは読んでいたけど)と、そんなことを考えた。そして、1月◯日を過ぎて今は新刊はKindleで購入している。紙の本に長らく親しんできたものだから、最初は電子書籍に抵抗があったけど、慣れてしまえばなんの問題もない。

 とにかく嵩張らない。軽くて持ち運びも楽な上に、ケータイのアプリと同期しているから、そもそも持ち出さなくても良い(外出時はケータイ端末で読む)。気になる新刊はサンプルをダウンロードしておけば、積読本が増えることもないし、そうなると断捨離が必要ないし、引越しも楽にできそう(予定はないけど)。

 部屋が狭いから、どんどん本が増えて本棚から溢れだし、床に積まれるような暮らしとはとっととオサラバしたい。

 ただ紙の本と比べてそれほど安くないし(印刷・卸・流通・小売に配慮している)、コンテンツもまだまだ少ない。

 そんなところに、こんなニュース。

 うーん、一体、国や出版社による書店への支援なんて必要なのだろうか? 末端の消費者、あるいはユーザーが微力ながら本当に支えたいと考えているのは、本屋さんなのか、出版社なのか、出版文化そのものなのか、それとも書き手なのか、いや、その全てなのか。

 自分は何というか、諦めの良い(早い?)人間なんだと思います。いつも、「まあ、仕方ないか」だ。たとえば(たまたまニュースを読んだのだけれど)、AIの使用により演技の仕事が奪われる可能性があると、俳優の方々が危機感を抱いているとか。でもそれは、大昔に市電の開通により仕事が奪われると、人力車の車夫が危機感を抱いたことと何がちがうのだろう。技術的失業とはケインズのつくった言葉であるが、イノベーションによる失業は、はるか昔、アリストテレスの時代から議論されてきた問題であるらしい(そして、答えは出ていないようだ)。

 産業革命にはラッダイト(機械打ち壊し)運動が伴った。それを全く無駄な抵抗だとは思わないし、場合によっては必要だったかもしれないけれど、時の流れとテクノロジーの進展には抗えないよ。

 俳優という職業(のほとんど)がなくなってしまっても、それはそれで仕方がないかなと思ってしまう。もちろん、本屋さんだってそうだ。他人事でしかないからだろうと言われれば、そりゃそうかもしれないけれど、自分の仕事だって、いずれは(遅かれ早かれ)AIで代替可能になるであろうことは承知の上である。

 などと、早々に自分の中で折り合いをつけていたところが、つい先日新しい店舗でも入ったかと久しぶりに元本屋の前を歩いたら(避けていたのは、感傷からだと思う)、何事もなかったように普通に営業しているではないか。これは……ひょっとして、やめるやめる詐欺というやつか。年がら年中閉店セールをやってるアパレル店が脳裏によぎるが、しかし、本屋に閉店セールなどありえない。

 見ると中身はほとんど変わっていないのに、看板が変わっている。そこには東京の読書人なら誰でも知っている大型書店の名前が。

 一体どういうわけか、検索してみるとやはりニュースになっていた。閉店の告知は話題になり、NHKのローカルニュースで取り上げられたりして、大きな反響を呼んだ、と。店には存続を望む声が続々と寄せられ、具体的な支援策の申込みまであった。そこでオーナーさんは経営譲渡先を探し、大手が名乗りを挙げたという経緯だったのである。良かった、良かった……でも、もうKindleから離れられないけどね。

 ちょっと良い話だと思うが、自分は諦めの良い人間だから、閉店しようする店の存続を仮に望んだりしたとしても、わざわざ声を上げたりするような真似は絶対にしないだろうな。

 そこで思い出したのは、長年通ったわけではなく、古株に比べればむしろ新参者だったけど、行きつけだった小料理屋が閉店することに決まったときのこと。技術的失業とは文脈がズレるけれど、閉店という話の流れで。閉店前の一週間は連日超満員で、入れなかった。現在の常連が入れないほど、過去の常連たちが大挙して押し寄せたのであった。いつでも行ける店が、もう二度と行けない店になるとかくも事態が一変する。

 女将さんがこんなことを口にした。「週末だけでもこれだけ来てくれると、まだまだ店を畳まないで済んだのに……」

(了)

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