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【エッセイ】捜神記私抄 その十四

スモモの種子
 怪異や不思議を集めた説話集の中にも、異色の話がある。怪異や不思議そのものを否定するような、言ってみれば自己否定的な説話。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花。ラップ現象が実は関節を鳴らしていただけだったり、ミステリーサークルが人為的なものだったり、ネッシーの写真が偽造だったり、ビッグフットはイタズラだったり。そんなこんなは、別に今に始まった話ではないぞ、と。

河南省の張助という男が田植えをしているとき、スモモの種子を見つけた。拾って帰ろうとしたが、ふとふり向くと、うろのある桑の木をが目についた。うろのなかに土がたまっている。そこで種子を埋め、飲み残しの水をかけておいた。

巻5ノ100話

 野良仕事に一日汗水を流した後の、ちょっとしたイタズラ心であったものだろう。こんな行為にとくに意図や意味などあったと思われないけれど、桑の中から芽が生えているのを見つけた人々は訝しみ、やがて可憐な白い花が咲くと、この辺りで評判となったのである。

 あるとき、目を患った男が、噂を聞きつけてはるばるこの桑の木の元までやって来て、
「スモモの君よ、頼んます、おらの目を治してくれろ」と願をかけた。

 不治の病というものがあれば、そうでない病もある。男の眼病はしだいに回復してゆき、やがては快癒する。ありがたや、なんと霊験あらたかなスモモであることか! そうなるとたちまち、ここに偽りの因果関係、即ち桑のウロのスモモに願をかけると、病が癒えるという迷信が流布することになった。国中から何千という病人が自力他力で押し寄せ、行列のしんがりは山のあなた、祭壇には供物が山と積まれる。人間って、哀しいですね。

 村おこしの一貫として、ゆるキャラ・スモモンが開発され、人形や掛け軸などのキャラクターグッズが旅行者に販売された。又、当地の新たな名物として(元々名物なんてなかったが)スモモ饅頭、スモモ煎餅、スモモジュースが生まれた。

 元はと言えば、一切は張助のイタズラから始まったことである。別に人を驚かせてやろうとか、小金を稼ごうとか、有名になろうなどと思ってやったことではないけど、なんだか悔しいではないか。

「いやさ、あれ、あの桑の木のスモモ、実はあれ、おらがやったんだよね。拾ったタネをウロに入れて、水をかけてやったんだ。何が奇跡なもんか!」
 今更そんなことを言い出しても、白い目で見られるばかり、誰からも信じてもらえず、こっそりと盗み出した供物の酒に溺れる張助であった。元々は罪のないものであったはずのイタズラを考えた無邪気な男の面影は、もはやどこにも見られない。

「近頃、張助の奴、おかしくねえか?」
「やたらスモモンのことをディスったり」
「あれは俺が植えたなんて、言うとりましたがね」
「とんでもねえホラ吹きだっぺ」
「ここはひとつ、懲らしめてやるか」
「いっぺん痛い目に合わねえとわからねえズラ」
「んだ! んだ!」
 巡礼者の落とす金で潤う村人たちにとって、張助はもはや邪魔者以外の何者でもなかったのである。……

原典では、張助は旅に出ていて、騒ぎを知らなかったことになっています。戻ってくるなり、「こんなに木に神通力などあるものか、俺が植えたのさ」と、切り倒してしまう。それはそれで鮮やかな結末かと思いましたが、じゃあ地元民や巡礼者はどうしたのか、と気になったので改変してみました。

(続く)

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