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星をかぞえる【感想文の日 54】

こんばんは。折星かおりです。

第54回感想文の日、今夜感想を書かせてくださったのはカナヅチ猫さんです。

ショートショートや小説を中心に、時にはご自身の思いなどを雑記として綴っていらっしゃるカナヅチ猫さん。お話はどれも艶やかで、カナヅチ猫さんが大学時代に学ばれていた数学のエッセンスが美しく混ざり合う作品も。雑記に時折滲む「書く」ことへの思いにも頷きながら、一週間、作品をじっくり拝読いたしました。改めて、ご応募くださりありがとうございます!

それでは、ご紹介いたします。

■白い部屋、乾杯の音

仕事を終え、"妻"と食卓を囲んでいた"僕"は、乾杯の音をきっかけに意識をなくし、気づいたときには不思議な世界へと飛ばされていました。白い天井と床、そして見渡す限りの人……。そして、そこで唐突に示された「お題」。果たして、僕の運命は。そして、この不思議な世界の仕組みとは。

【『赤いりんご』を描いてください。】

不思議な世界で、"僕"たちは天井に次々と映し出される「お題」に答えることになります。いつの間にか手にしていたスケッチブックに、それぞれが描く「赤いりんご」。採れたてのりんごか、デフォルメされたりんごか。絵を描き終え、周りの様子を確認しようと顔を上げた"僕"は、あることに気づくのです。

人が減っている。明らかに減っている。この場所にいる人の数が減っている。

絵を描き上げると同時に、次々と消えてゆく人々。しかし、その後も「お題」は次々と表示されます。かわいい猫、きれいな音のする風鈴……。徐々に感覚的になってゆく「お題」と消え続ける人々から、"僕"たちの不安が伝わってきます。

この状況がいたたまれなくなった"僕"は、隣にいた女性に話しかけます。"彼女"は"僕"と年齢が近く、左手には結婚指輪の「あと」だけ。懐かしい風景、おいしい晩御飯、素敵な食卓……。止まることなく表示され続ける「お題」を描き進めるうち、ふたりはどの「お題」にも似たような絵を描いていることに気づきます。ふたりとも「ずる」をしてはいないのに。

僕らは今の時点で何個の絵を描いたんだろう。その度になんらかの選択がなされて人が消えている。そしたら、僕ら二人がこうして残っていることは、すごい確率だよ。1/3でも、1/10000でもない。もっと宇宙的で、びっくりするぐらいの確率だ。

しがないサラリーマンと、共働きの主婦。実際の世界では会ったことがなく、共通点もないふたりが持っていたのはきっと、文字や数字で表すことができないもののはず。感覚、経験、それとも感性。ぴったりとはまる言葉を、いまも探しています。

そして、人がほとんどいなくなった空間に映し出された次の「お題」は。

【『おいしいビール』を描いてください。】

不思議な世界で出会った"彼女"と"僕"の間にあった確率も「天文学的」だけれど、いまこの瞬間そばにいる"妻"との間にもある「天文学的」確率。そしてそれはきっと、まだ出会っておらず、これから出会うこともない、どこかの誰かとの間にも。

ミステリアスなお話だけれど、前向きな読後感にふわりと包まれました。

■潤い

ある会社の課長である"僕"は毎朝出社して、加湿器の水を満タンにすることを日課としています。そんな"僕"の楽しみは、後から出社してくる後輩たちの可愛い姿を見られること。密かに、しかししっかりと後輩たちを見ながらも、自制心を働かせる"僕"のモノローグがどこか可愛らしい、優しいお話です。

野村さんは朝からさらさらストレートなのだが、マフラーをほどいた時に黒髪の毛先が湧き出す感じがまた、良い。
恐らく取引先の要人達は、定森さんが金髪なのを知らない。括りもしない長さの髪なのに、いつもヘアゴムを手首にかけている。あのヘアゴムはいつ何のために使っているのか気になるところであるが、そんなことを聞いたらセクハラになるかもしれないので、手首の細さだけを見て満足することにしている。
井口さんが髪を切ったときには、声を掛けるべきかと思ったが、セクハラになるといけないので口に出さないでおいた。

可愛い後輩たちのささいな変化も見逃さない様子から、"僕"の楽しみ具合が伝わってきます。しかし"僕"は、実際にはヘアゴムの使用目的でさえ「セクハラになるかも」と、尋ねることを控えている様子。心の中を覗いたようなモノローグに、ついこちらの頬も緩みます。

そんな"僕"にある日、後輩たちから卓上用のミニ加湿器がプレゼントされます。

「課長の席って加湿器から一番遠いじゃないですか? なんだか、いつも加湿器の水を入れてもらってるのに申し訳なくて。これ、使って下さいね。USBさすとこ余ってます? 」
長い商談を終えて疲れはしたが、彼女たちの小さな好意によって置かれたミニ加湿器に明日も会えると思うと、ぐっすり眠れた。

"僕"を慕う後輩たちと、その好意を受け取り、喜ぶ"僕"。柔らかく優しい関係に、ほっこりと心が温まりました。

■接写する、ピンク色

デートで満開の桜を楽しんだあと、カメラロールを振り返る"僕"と"彼女"。「日焼けをした」と言いながらリップクリームを塗る"彼女"の姿を見ていた"僕"は、"彼女"がたくさんリップクリームを持っていることに驚きます。手品だよ、という"彼女"は"僕"にあるクイズを出して見せるのですが……。

今回読ませていただいた作品の中で、個人的に一番ぐっときた作品でした。お話が切り取るシーンは、デートのあとのほんの少しの時間。けれど、お話の中にふんだんに盛り込まれた"僕"と"彼女"の会話がとっても瑞々しくて可愛らしいのです。

リップクリームを貸して欲しい、と頼んだ"僕"の前に、"彼女"は4本のリップクリームを並べて見せます。

「あ、私の使い掛けはさすがにだめ? それなら、新品がもうひとつあります。私の身体のどこか隠してありますが、どこにあるでしょーか?」
引き延ばしても意味が無いので、僕は素直に彼女の胸元を指さした。もしや、「自分で取れ」とか言い出さないといいけど。
「はい。ここでいいんですね? 他には無いですか? 本当にいいのですね?」

きっと"彼女"は表情がくるくる変わる、魅力的な人なのでしょう。少しおどけたような様子がとっても可愛らしく、ぐんぐん読み進めます。

「はい! じゃじゃーん! スティックのりでしたー! どうぞ使って下さい」
「ふうん。スティックのりを唇に塗ってちゅーしたら、私たち離れられなくなりそうなのになあ」

胸がきゅんきゅんして、思わず読み進める手を止めました。こんなにかわいいこと、言えるようになりたい……!(笑)

お話の冒頭からひた隠しにしていた"僕"のカメラロールには、桜と"彼女"の唇が。どうやら、ふたりにはスティックのりは必要なさそうですね!

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毎週土曜日の「感想文の日」、感想を書かせてくださる方を大募集しています!(1~2日程度、記事の公開日を調整させていただく場合があります。現在、7/17以降の回を受け付けています)

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