花澤薫

2023年9月に短編小説集『すべて失われる者たち』を出版。プレスリリースは→ http…

花澤薫

2023年9月に短編小説集『すべて失われる者たち』を出版。プレスリリースは→ https://presswalker.jp/press/20259 noteでは著書の下書きや未収録作品、新作を掲載しています。 お問い合わせはstaff@nowhere1011.comへどうぞ。

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  • 一二〇〇文字の短編小説

    原稿用紙三枚分の、物語が始まるまでの物語たち。

  • 八〇〇文字の短編小説

    原稿用紙二枚分の、物語が始まるまでの物語たち。

  • 二〇〇〇文字の短編小説

    原稿用紙五枚分の、物語が始まるまでの物語たち。

  • 夢の話、または短編小説の種たち

    いずれもっと広げたい夢の話、または短編小説の種たち。

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【自己紹介】花澤薫について(二〇二四年四月十四日時点)

花澤薫(はなさわ・かおる)は二〇二三年秋に短編小説『すべて失われる者たち』を出版し、小説家としてデビュー。普段は別名義で編集者やライターとして活動している。 福島県生まれ。大学時代は英米文学を学び、ジョン・キーツやサミュエル・ベケット、ポール・オースターなどの論文を執筆した。特に好きなアーティストはサニーデイ・サービス、ライド、ストーン・ローゼズ、ティーンエイジ・ファンクラブ、プライマル・スクリーム、ペイル・ファウンテンズ、ジェイク・バグ、カネコアヤノなど。好きな揚げ物はア

    • 毎朝の散歩【一二〇〇文字の短編小説 #10】

      五月のマンチェスターの朝はひんやりとした空気が爽やかに肌をなでてくる。メリーはほとんどずっと毎朝の散歩を欠かしたことがない。なじみの公園のベンチでひと休みする習慣も、あのころから変わらない。 変わったのは、隣にトニーがいないことだ。三年前、トニーは脳卒中でこの世を去った。まだ五十六歳だった。夜中に突然倒れ、そのまま帰らぬ人となった。メリーは悔やんでも悔やみきれない。あの日の夕方、手が痺れる、頭が痛いと訴えるトニーを強引にでも病院に連れていくべきだった。それなのに、「疲れてる

      • 小学生の恋愛を描いたら

        四月三十日に投稿した「さようならのメロディ【二〇〇〇文字の短編小説 #8】」が、「#恋愛小説が好き」で「先週特にスキを集めました!」だそうです。 お時間がある際にぜひご笑覧ください ◤完全版は以下の短編小説集で読めます◢

        • ポール・オースターが死んだ日について書いたこと

          五月三日に書いた「ポール・オースターが死んだ日【夢の話、または短編小説の種 #5】」──オースターは四月三十日に逝去しました──が、「#海外文学のススメ」で「先週特にスキを集めました!」だそうです。 お時間がある際にぜひご笑覧ください。 ◤短編小説集が発売中◢

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        【自己紹介】花澤薫について(二〇二四年四月十四日時点)

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        • 一二〇〇文字の短編小説
          10本
        • 八〇〇文字の短編小説
          10本
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          9本
        • 夢の話、または短編小説の種たち
          5本

        記事

          ロンドンでの船出【八〇〇文字の短編小説 #10】

          その夏の夕方、スチュアートはユーストン駅で列車を降りた。ロンドンの空気に包まれ、少し高揚した気分になる。バーミンガム・ニューストリート駅から二時間ほどの小旅行は、新たな挑戦の序章だった。 大学を卒業する前にバーミンガムの小さな広告代理店で雑用から始め、四年かけてなんとかコピーライターを名乗れるようになった。もう一つ上のステージで自分を試してみたいと、ロンドンの広告代理店でさらにキャリアを積む道を探った。口利きをしてもらったのは大学時代の友人のトムだ。ロンドンの映画配給会社で

          ロンドンでの船出【八〇〇文字の短編小説 #10】

          キラキラのそのあとで【二〇〇〇文字の短編小説 #9】

          もっと何かできたのではないかと思うと、胸が張り裂けそうになる。救いの声を聞き流した自分の愚かさを突きつけられると、心底、幻滅してしまう。 幼なじみの幸子が自ら命を絶った。まだ三十四歳だった。子どもを二人残して、急に人生を終わらせた。 幸子と僕が最後に会ったのは一年前だった。僕が田舎に帰省したとき、高校時代に同級生の何人かとよく通っていた喫茶店で二時間ほど近況を伝え合った。幸子はあの頃と同じく紅茶を飲みながら、「うつ病なの」と打ち明けてきた。二人目の子どもを産んでから二週間

          キラキラのそのあとで【二〇〇〇文字の短編小説 #9】

          フリーランスの不安【一二〇〇文字の短編小説 #9】

          ギャリーはまだひとり立ちしたばかりのエディトリアルデザイナーだ。小さな出版社を辞めて安定した収入を捨てたのは、自分の力をもっと試したかったからだ。三十歳になる前の決断だった。 夏の夜、その決意を妻のリッツィに話したとき、「いいんじゃない?」と言われた。リッツィは「フリーランスは仕事を取るところから始めなきゃいけないから大変そうだけど」と続けた。対して、ギャリーにはひそかに勝算があった。紅茶を飲みながら「これまで付き合いのあったクライアントから仕事を振ってもらえる話になってい

          フリーランスの不安【一二〇〇文字の短編小説 #9】

          ポール・オースターが死んだ日【夢の話、または短編小説の種 #5】

          「ねえ、ダニエル、ポール・オースターが亡くなったって」 うとうとと眠りかけてニューヨークの街を徘徊する夢を見ていた僕は、ヴァージニアの声で目を覚ます。薄暗い部屋でヴァージニアはスマートフォンを覗き込んだまま「肺がんの合併症だって。あなた、若いころ、彼の本をよく読んでいたわよね」と続けた。以前、彼ががんで闘病中だと発表されたことを知っていたけれど、思わず狼狽した。スマートフォンの明かりに照らされるヴァージニアの顔をちらりと見て、毛布を手繰り寄せて背中を向ける。オースターの妻で

          ポール・オースターが死んだ日【夢の話、または短編小説の種 #5】

          もしも不吉な予感がしたのなら【八〇〇文字の短編小説 #9】

          ノーマンは思い出す。もう十年以上も戻っていないグラスミアにまつわるささやかな記憶だ。二十年ほど前の風の冷たさを、いまだに覚えている。 ケイティの十四歳の誕生日だった。学校が終わったあと、ケイティの家に寄った。ノーマンはケイティに誕生日プレゼントを買っていた。ケイティはポップスに目がないと聞いていたし、母親の影響でCDではなくレコードをたしなむことを知っていた。だから、もう何カ月も前からとびきりのレコードを選んであげようと考えていた。 季節が秋に変わろうとしていたころ、丘の

          もしも不吉な予感がしたのなら【八〇〇文字の短編小説 #9】

          「スキ」がつかない作品こそ愛おしい(四月の振り返り)

          二〇二四年四月一日に始めたnoteは昨日でちょうど一カ月が終わった。誰も気づいていないだろうけれど、(ほぼ)毎日作品を投稿してきた。 例外は自己紹介と、四月十九日の「noteの公式マガジンに選ばれたこと」だけ。拙作「まだ眠れないの?【一二〇〇文字の短編小説 #5】」が、どういうわけかnote公式マガジン「#小説 記事まとめ」に追加されました、という報告的な記事だ。 おかげさまで「まだ眠れないの?【一二〇〇文字の短編小説 #5】」は定期的にスキが押されているけれど、一方でこ

          「スキ」がつかない作品こそ愛おしい(四月の振り返り)

          さようならのメロディ【二〇〇〇文字の短編小説 #8】

          さようなら、という言葉はなんでこんなに胸が苦しくなるんだろう。清志郎はまだ口にしていない別れのあいさつを頭のなかで繰り返しながら、そう思った。 ちょうどあと一カ月だ。三十日寝ると、三学期が終わる。そして真琴が転校してしまう。もう一生会えないかもしれない。さっきより、もっと胸が締め付けられた。みぞおちのあたりをぎゅっと握られたような、のどがふさがれたような感じがした。 晩御飯を食べ終わって一時間くらい、ずっとベットに横になっていた。中休みのサッカーで擦りむいた右ひざがじくじ

          さようならのメロディ【二〇〇〇文字の短編小説 #8】

          愛はそのままに【一二〇〇文字の短編小説 #8】

          あのころのわたしたちは見つめ合いすぎたのだ。わたしたちはまだ二十歳そこそこで──正確にはわたしが二十一歳で、マークが十九歳だった──人生においてはまだまだうぶだった。 お互いに一目惚れだったと思う。共通の知り合いであるエリーの誕生日パーティーで初めて出会ったのは、風が清々しい春先だった。 パーティーは確か土曜日の昼に始まり、エリーのフラットに料理を各自が持ち寄る形式だった。わたしはキッチンの端でひとりワイングラスを持っている男性に目を引かれた。誇り高き孤独をまとう姿から目

          愛はそのままに【一二〇〇文字の短編小説 #8】

          誰にも言えない【八〇〇文字の短編小説 #8】

          誰が言い出したのか、大学最後の年を迎える夏、リヴァプールに一軒家を借り、マンチェスターや湖水地方など周辺をめぐることになった。ティム、パディ、ギャズ、ブレットはいずれも計画性がなく、行き当たりばったりの一カ月となりそうだった。 レモンみたいに黄色いバンがモーターウェイを北上していく。ギャズは羊たちが散らばる田園風景が通り過ぎるのを眺めながら、「この旅行を一生忘れることはないだろう」と思い、キュリオスティ・コーラを勢いよく飲んだ。 リヴァプール行きのバンはビートルズの独壇場

          誰にも言えない【八〇〇文字の短編小説 #8】

          暗闇に流れる【二〇〇〇文字の短編小説 #7】

          「ミスター・タンブリンマン」が流れ始めたとき、その男は「駅のホームから転落したんですよ」とつぶやいて、右足をなでた。正確には右足があったところ、と言うべきかもしれない。ずっと、気づかなかった。 初めて出会ったのは都電荒川線の車内だった。私は営業先の町屋駅前から会社近くの大塚駅前に向かっていた。日暮里経由でJRで戻ることもできたけれど、都電荒川線には父との思い出があった。私が野球少年になりたてのころ、荒川遊園地に連れてきてもらったことがあった。三十年ぶりに都電荒川線に乗ってみ

          暗闇に流れる【二〇〇〇文字の短編小説 #7】

          満月の夜にまぼろし【一二〇〇文字の短編小説 #7】

          十代最後の夏の夜だったと思う。まぼろしのような出来事だった。 東京の大学に進学したばかりのぼくは、小ぶりな公園のベンチに座って缶コーヒーを飲みながら煙草をふかしていた。イタリアンレストランのアルバイトからの帰りで、ちょっとした疲れを癒したかった。 遠距離になって、恋愛はうまくいっていなかった。携帯電話が一般的ではない時代だ。関西の地方都市に残った恋人との電話の数は次第に減ってきていた。恋人はいつも会えない寂しさを訴えてきたけれど、ぼくは話せるだけで十分だった。いつかの夜、

          満月の夜にまぼろし【一二〇〇文字の短編小説 #7】

          吊り橋の上で【夢の話、または短編小説の種 #4】

          何か深い意味をもつような夢を見ることがある。今朝方、冷たい汗をかいたまどろみの時間がそうだった。 わたしは夏の夕方に、吊り橋の上に立っている。おそらくキャリック・ア・リード・ロープ・ブリッジだ。長さは20メートルほどだろうか。北アイルランドのアントリム州にある吊り橋で、小さなころ父の兄を訪ねたときに渡ったことがある。海に落ちそうな気分になって、なかなか渡ることができなかった。 けれども、今度は怖くない。観光地で有名な桟道なのに、わたし以外誰もいない。わたしは吊り橋のちょう

          吊り橋の上で【夢の話、または短編小説の種 #4】