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レイ・オブ・ライト

■2019/12/22 冬至


「また眠れないのか」

 父の声に、エマは「うん」とだけ言葉を返した。焚火の炎は後ろから父を照らしていて、真っ黒な影が喋っているように見えた。

 炎を見ると、エマは新年サウィン の前日、前夜祭 ハロウィンのことを思い出してしまう。巨石に囲まれた神殿に建てられた、大きな鳥籠のような木の檻。野菜や果物と一緒に、中に詰め込まれた家畜の鳴き声。そして、幾人もの人間の叫び声。

 檻の中には、エマの幼馴染のグウィンも入れられていた。貧しいグウィンの家は賢者 ドルイドたちに捧げ物を差し出すことができず、やむなく末の子のグウィンを捧げたのだ。

 捧げ物は、炎の力で神の国に届けられる。

 檻に火を点ける役目を負ったのは、エマだった。小さな火が大きな炎となって檻を包み、グウィンを神の国へと連れていった。

 その日から、エマは夜眠ることができなくなった。目を閉じると、炎に焼かれて「人ではないもの」に変わっていくグウィンの顔が浮かんで、すぐに起きてしまうのだ。凍える夜を温め、闇を照らしてくれるはずの炎の光が、エマには悪魔のように見えた。

「グウィンは、もうあっちに着いたのかな」
「ああ。グウィンは神の物になったさ」
「幸せに暮らしている?」
「もちろんだ。いずれ立派な神の戦士になるだろう」

 よかった、とエマは息をついたが、すぐに、でもね、と首を振った。

「でも、やっぱり、グウィンに会いたいな」

 父は、ならば会いに行くか、と言って、大きな手でエマの頭を撫でた。

 できる限りの厚着をして、外に出る。死の季節である冬は、朝が遠い。空は暗く、風はとてつもなく冷たかった。今日は冬至祭 ユールの日だ。一年で一番太陽の力が弱くなって、世界が闇に近づく日なのだそうだ。

 闇の中、父に手を引かれて辿り着いたのは、祭りが行われる巨石神殿とは別の場所にある建物だった。平べったい円形のドームは、まるで母が作るカボチャのパンのようだ。夜明け前にも関わらず、村の人が何人か集まって小さな篝火を焚いているのが見えた。

 小さな入口から入って細い石の通路を進むと、円形の石室に着いた。壁を囲むように置かれた木の棚に、素焼きの壺がずらりと並べられている。エマが両手両足を使っても到底数えきれない、たくさんの壺だ。

「エマ、グウィンだ」

 ああ、と、エマは頷いた。前夜祭で神に捧げられた人たちは灰となり、壺に収められてこの石室に置かれるのだと言う。一年に一つ、壺が作られる。これだけの数が集まるには、どれほどの年月がかかったのだろう。

 夜明けだ、という誰かの言葉と同時に、灯りが消された。真っ暗になった石室の中、エマは父と一緒に座る。石の床は痺れるほどの冷たさだ。

「神の物となった人間は、一年に一度、体に戻ることを許される」

 父の言葉を聞いているうちに、石室の中に朝の陽の光が差し込んできた。それは一筋の道のようになって、神の国と地上を結ぶ。光に乗って、神の国の住人が戻ってくる。

 居合わせた人々が、みな涙を流しながら跪き、祈りを捧げた。賢者たちは、神へ捧げ物をしたことを悲しんではならないと言う。だが、冬至の日の朝、日の出の光が石室に差し込んでいる間だけ、村人たちは神に捧げた者の死を悼むことが許される。

 ――グウィン!

 エマは、大声で泣いた。石室の中に人々の泣き声が響く。
 それはまるで、荘厳な音楽のようだった。

 
 石室の中に光が差し込んでいたのは、ほんのひと時だった。

 泣き疲れたエマを、父がおぶってくれた。父の背で揺られながら、エマは目を閉じる。夢の中でなら、グウィンにまた会えるだろうか。とろりとした眠気が、エマの冷えた体を包んでいた。


 ※前作「カボチャ」はこちら。

小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp