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幸せのスパイス、胡椒。2015.7.13 スープラボ・レポート

もっとも私たちにとってなじみ深い香辛料といえば何でしょう?

考えるまでもありませんね、そう、胡椒です。レシピ本でも salt & pepperが調味の基礎だというのは世界共通。昔、胡椒は金銀に匹敵する価値がありました。いまや高級フレンチから庶民のインスタントラーメンまで、利用範囲の幅広さでは他のスパイスの追随を許しません。これほど人を魅了するのです、きっと人々の喜びと幸せにつながる何かがあるに違いない!

というわけで、今回のスープ・ラボでは「胡椒」をテーマにその歴史や種類、スープでの使い方をとことん研究です。大航海時代、胡椒を求めて大海原を渡ったコロンブスやヴァスコ・ダ・ガマに思いを馳せ、胡椒をめぐる旅のスタート!

黒胡椒と白胡椒の違いは?知ってるようで意外と知らない胡椒の種類。

さて、私が今回のラボのためにどうしても手に入れたかった胡椒がありました。生の胡椒の実です。以前タイ料理レストランで食べた胡椒炒めが、とっても美味しかったのです。この写真が生胡椒。生の実を冷凍したものです。

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アジア食材のメッカ・錦糸町を歩き回ってようやく入手!
見かけはまるで海ぶどう。

胡椒の実がどんなものかイメージできたところで、まずは基礎情報です。
コショウはコショウ科の、熱帯地方で栽培されるツル植物。インドが原産国です。大きいと6~7メートルにも及ぶ木に、この写真のような房状の実が垂れるようにつきます。最初は緑、やがて熟して赤へ。(写真の胡椒が黒いのは冷凍で変色しているせいです。よく見ると緑なのですが…)
実を摘んで枝から外し、乾燥させると見慣れた胡椒の粒になるわけです。

いろいろな色の胡椒。
黒、白、緑、赤。左下のはこの4色のミックスです。

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たとえば、赤ワインと白ワインの多くは、皮の色、つまりぶどうの違いによって、できあがりが赤と白に分かれますよね。でも、黒胡椒と白胡椒の場合は品種の違いではなく、摘果時期(未熟、完熟)と、乾燥の手法によって分かれるのです。

A)胡椒が未熟のうちに摘んだもの
 …1)フリーズドライなど機械で速乾させると→グリーンペッパー  
 …2)天日干しなどでゆっくり乾燥させると→ブラックペッパー

B) 胡椒が完熟になってから摘んだもの
 …3)皮をむいてから乾燥させると→ホワイトペッパー
 …4 ) 皮がついたまま乾燥させると→赤胡椒(写真のピンクペッパーとは別。後述します)

白胡椒は胡椒の皮をむいたもの。お米でいうところの、玄米と白米の関係に近いんですね。これ案外、知らなかった方も多いのではないでしょうか。
完熟で皮がついた赤胡椒はおだやかな香りと辛味。フルーティーな胡椒です。

大事なことをもう一つ。

上の写真のうち、ピンクペッパー(ポワブル・ロゼとも呼ばれます)だけは、実は本物の胡椒ではありません。

コショウボクという全く別種の木の実を乾燥させたもので、希少だった赤胡椒の代用品なのです。
コショウボクの実は辛味がなく、むしろほんのり甘さがありますが、色が美しいのでマリネやドレッシング、お菓子の飾りに重宝されます。これが一般的にはピンクペッパーとして市販されています。

本物のピンクペッパーとは完熟の赤胡椒のことなのですが、コショウボクのピンクペッパーが一般的に浸透しています。混乱しますので、完熟胡椒は赤胡椒と呼ぶことにしますね。写真がこちら。

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干してあるため黒っぽいですが、
普通の黒胡椒(右)と比較すると、ほんのり赤いのがわかりますね。

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赤胡椒は香りや味が柔らかく、フルーティです。私たちが黒胡椒といって思い浮かべる香りや辛味の鮮烈さはありませんが、味わい深い胡椒です。

この赤胡椒、マスコットのライプペッパーという商品なのですが、パッケージにはカンボジアのクラタペッパー、とありました。調べてみると日本人の倉田さんという人がカンボジアで立ち上げた農園の胡椒でした。
カンボジアはかつて胡椒の生産が盛んでしたが、内戦によって経済インフラが壊滅してしまいます。学生時代からボランティアでカンボジアを訪れていた倉田さんが、現地の人たちが自分たちで生きるための産業を立ち上げようと自然農薬・自然肥料を使う伝統的な農法にこだわって作った胡椒だということです。

注)現在、マスコットではこの商品は扱われていません。クラタペッパーはこちらの直販サイトから購入できます。

タイプ違いの胡椒をつぶして嗅ぎ分けよう!

ちょっと話がそれました。黒、白、緑、赤、それぞれの胡椒は風味も辛味も違うので、いろいろなお料理に使い分けられています。

今回のラボでは、これらの胡椒の粒を自分でつぶしながら、香りや味を利き分けてもらいました。

味比べは黒胡椒がメインです。
●マレーシア産黒胡椒
●インド産黒胡椒
●スリランカ産黒胡椒(有機)
●カンボジア産赤胡椒。

これに、ゲストが持ってきてくださった完熟赤胡椒も加えて香りと味を比べしました。

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胡椒の粒を紙の上にのせて、お皿の底でつぶします。胡椒挽きなんかなくたって無問題!やっぱり香りの鮮烈さはひきたて、つぶしたてが一番です。

画像6ほらね。

画像7みんな真剣。

現在胡椒の生産量ベスト3は、ベトナム、インドネシア、インド。以下ブラジル、中国と続きます。日本では、マレーシアの胡椒がほとんどだそうです。

インド産のものは大粒で香りや辛味がすっきり。先ほど解説した赤胡椒は果実味があり、やわらかい香りで辛味はマイルド。有機胡椒は黒を少量だけ嗅ぎ分ける分には際立った差が感じられないねという話になったのですが、大量に使うとまた違うのでしょうか。

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みなさん紙の上で真面目にメモなんかとっちゃってますが、

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もうこのぐらい嗅ぎ分けてると、鼻も舌もしびれて効かなくなります(笑)
しかも胡椒の刺激のせいか、みんなやや気分が高揚しています。胡椒ハイ!

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白胡椒は事前に私が試したところ、細かく挽いた方が違いがわかりやすかったので、ペッパーミルで挽いたものを味見してもらいました。

●マレーシア産の白胡椒
●スリランカ産の有機栽培白胡椒

有機栽培のほうはすっきりとしたくせのない香りと味わい。普通のものはそれに比べるとちょっぴり獣の臭いがする、とみんなの意見です。

ちなみに、日本人は黒胡椒を好みますが、ヨーロッパでは白胡椒のほうがよく使われているという話も。ヨーロッパの食事情に通じている方、ぜひ教えてください。

さて、ひととおり胡椒の香りを楽しんだところで、最初のスープです。
季節らしく冷たい、桃のヴィシソワーズ。

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白胡椒をトッピングして召し上がっていただきます。

季節の桃がどっさり入った甘酸っぱいスープですが、じゃがいもと玉ねぎのベースで塩味もしっかりで、甘味、酸味、塩味が同じバランスの正三角形的な味。これに胡椒でアクセントをつけます。私としては白胡椒のパウダーをおすすめしましたが、これだけの種類の胡椒が目の前にあるのです。

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こうなりますよね。いろいろ試したい。

胡椒レシピいろいろ!

さあ、これだけ多くの種類があるとわかった胡椒。後半はこれをどうやって使うかという実践編です。

よく、料理の本には「塩・こしょう」がワンセットで書いてあることがありますが、胡椒を「どの細かさで使うか」「どのタイミングで使うか」はとても重要です。鶏のささみにいろんな胡椒をまぶしてみました。

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右から、あらびき黒こしょう、パウダー黒胡椒、パウダー白胡椒、そして、塩だけで焼いた後でミルで挽いた胡椒をかけたものです。

あらびきとパウダーは、製品として挽いてあるものを使用しました。ペッパーミルには挽きたての魅力がありますが、粗い粒々の感じや、きめ細かいパウダー状態を作り出すのはミルでは難しいのです。今日は詰め替え用の真空パックの袋を開けたてで使っているので、香りも良い状態でした。

同じように塩と胡椒を振って焼いただけの鶏は、胡椒を最初に振っておいて焼いた方が、辛味が感じられるという感想が出ました。最後に振ったものは香りがよく立ちます。白胡椒はおだやかです。

スープを作るとき、私は料理の最後にトッピングとして香りづけに胡椒を使うことが多いです。私のスープから胡椒が重要な役割を果たすスープをご紹介。

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トマトのスープにあらびき胡椒。

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新たまねぎのスープに割胡椒。

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焼いたおあげとオクラのスープ。こちらもあらびき黒。

今回胡椒をいろいろ料理してみてあらためて自分のスープを見返すと、案外、胡椒の使い方がワンパターンだなという感じがしました。
たとえばたっぷり胡椒を利かせた肉団子を入れたスープや、最初に胡椒を炒めて香りや辛味を出したスープなども作ってみようかと思います。

江戸時代から食べられていた「胡椒めし」

さ、本日のスープ・ラボ、2品めのスープはこちら、胡椒めし!

まずは生胡椒を炊き込んだごはんをお出しします。和食での胡椒の登場は意外に早く、平安時代には胡椒の記録があるんです。胡椒めしは江戸時代の料理本に出てくるもので、炊いたごはんに引いた胡椒を混ぜてだしをかけるというもの。

今日はこの胡椒めしのアレンジです。乾燥胡椒でもできますが、今日はせっかく手に入れた生胡椒をホールのままでたっぷり炊き込み、軽い塩味をつけました。まずはそのまま召し上がっていただきます。

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途中で、この胡椒めしに鶏と昆布でとっただしをかけます!

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7月らしく、うなぎのかば焼きと青ねぎをあしらって、さあどうぞ。炊き込んだ胡椒は噛むまでは香りが出ないので、つぶした黒胡椒をぱらりとふります。

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ちなみにうなぎのかば焼きに胡椒はとってもよく合います。山椒のかわりに、おためしあれ。

今日は私のスープのほか、ゲストの方が胡椒を使った料理やお菓子も作ってきてくださいました。最初の2品は、太田知子さん。

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胡椒入りのポテサラ。生ハムと紫玉ねぎ入りで、塩味もしっかり。

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こちら、レバーペーストに塩漬け生胡椒をのせて。ワイン欲しくなります。

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スイーツにも胡椒!右から赤胡椒、白胡椒、黒胡椒のクッキー。甘いけれど塩味もしっかり。向こうはチーズ味の塩味のクッキーです。杉山トモ子さんは自分のお菓子ブランド<Petit Tomo>を立ち上げているパティシエ。通販で販売しているそうなので、レポートの最後に連絡先も添えておきますね。

(※2019年現在、トモ子さんは<Patisserie Petit Tomo>
を神楽坂にオープンしています。可愛らしくて美味しいお菓子のお店です、ぜひ行ってみてください!)

さて、本日のラボもそろそろおひらきです。
人を心地よくさせるすがすがしい香り、きりっと料理を引き締める辛味、そしてすっきり気を流してくれる胡椒の魅力にふれたラボでした。
そういえば、味はもちろん、胡椒は歴史や経済もとっても面白いのです。

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昭和36年発行の『スパイスの本』。婦人画報社刊。

古くから料理の香料や保存料、また生薬(胃腸に効き体をあたためる)や媚薬としても取引されていた胡椒。陸路から大航海時代を経て、移ろいゆく覇権争いの中、胡椒をはじめとするスパイスは、常に人と金を翻弄する存在でした。

一般庶民の私たちもふんだんに使えるようになった胡椒ですが、今も世界の胡椒勢力図は変化し続けています。
実はここ数年、胡椒の高騰が激しくなっています。2014年は黒胡椒で6割高だったといいますから恐ろしい値上がり。大航海時代にまでは戻らないとしても、あとしばらくすると、今よりずっと貴重なものになってしまうかもしれません。

そんな話をまとまりなくしつつ、7月のラボレポートを締めくくらせていただきます。

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スープラボ#9 テーマ:胡椒
2015.7.13 19時~イワシハウスにて

撮影協力:佐藤ナギサさん

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読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。