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男の料理と女の料理は、同じようで違うようで、実際はどうなんだろうか

日曜日、桜咲く春の日比谷で、トークショーのゲストにお声がかりがありました。
今回の主役は、最近『新しい料理の教科書』を出版された樋口直哉さん。新刊は、定番の料理に最新の知見を取り入れ、現代版にしたレシピ集です。

トークテーマは『男の料理、女の料理』。昨今の流れからして、男と女という分け方ってどうよ、とは樋口さんとも話したんです。それでも料理の志向や料理書にはやっぱり男女の差がはっきり出るし、その違いを見ていくことは面白いことだよね、ということで、このお題に決めました。樋口さんに伺ったのですが、女性の方が実は味覚が発達しているんだそうです。どういう理由なんでしょうね。気になります。

さて、「男の料理」というと、少し前まではいわゆる趣味の料理、塊の肉をローストするとか、カレーのスパイスを配合するとか、アウトドア料理とか。日常の料理から少し逸脱するような「ハレ」の料理が多かったと思います。
そんな夫を、妻が子供を見るような、生ぬるい目で見るという図式。(そういえばうちの父はオーブンを買い替えるときに「七面鳥が入るサイズで」と提案して、家族の失笑を買っていました)

でも今、男性たちは、日々の暮らしをまかなう「ケ」の料理を作りはじめています。そういえば「弁当男子」という言葉が流行ったのは10年ほど前だったでしょうか。この頃から男性の台所との距離感が変わってきて、ここにきて一気に加速してきました。同時に女性の側にも「女だけが料理しなければならない」という感覚は薄くなってきました。このあたりは世代格差がはっきりしています。

ただ、女性の社会進出と同じで、男性が台所進出する環境がまだまだ整っていないのも事実です。たとえばレシピ本。男性向けのいい家庭料理のレシピ本って少ないのです。プロ向けの料理書は別として、家庭料理のレシピ本は女性向けに作られてきた歴史があり、デザインも内容も、女性をターゲットにできているから。(例外はカレー)

いや、料理に男性も女性もない、同じ本でいいじゃない、というのはちょっと乱暴な言い方です。私たちが料理本を作るときには基本ターゲティングをしますし、その中に男か女かという要素が入ってくることも多い。

これ、あくまで傾向としての話ですよ、男性は「なぜその作業をするのか」「背景は何か」つまり理由にこだわり、女性は「それをやるとどうなるか」つまり結果へのこだわりが強いように感じます。食材にフォーカスする男性、人にフォーカスする女性という傾向もあります。同じことを学ぶにも、また表現するにもアプローチが違うのです。

たとえば栗原はるみさんの名著『ごちそうさまが、ききたくて』。ハンバーグのレシピが載っています。リードにはこうあります。

ハンバーグの玉ねぎは、炒めたり、炒めなかったり、人それぞれですが、わたしは炒めず、しかも粗く刻んで、たっぷり入れます。焼くと、玉ねぎにさっと火が通ったくらいですから、まだ歯ざわりが残っていて、シャキシャキします。これがおいしい。家族とはありがたいもので、娘はこのハンバーグが一番と言ってくれます。

人のやり方は否定せずに、わたしはこうする、と控えめに伝える主婦話法。「これがおいしい」「家族に喜ばれる味」などしっかりアピールしています。もう30年も前のレシピなのでやや時代を感じますが、今も栗原さんが人気を誇る理由は、この家族愛や幸せ感あふれる雰囲気によるもの。

さて実は、樋口さんの『新しい料理の教科書』の最初のレシピ、ハンバーグも、玉ねぎを生のまま入れるんです。少し長いですが本文を引用します。

肉を練ったところで、副材料を加えます。副材料のまわりではタンパク質の強い結合が起きないので、ふんわりとした仕上がりになります。定番の副材料は肉との相性がいい玉ねぎ。既存のハンバーグのレシピでは玉ねぎは飴色になるまで炒めて、よく冷やしてから加えるのが普通です。

玉ねぎを炒めるメリットは以下の二つ。
①玉ねぎを炒めることでコクと甘みが出る。
②水分が抜けるので肉となじみやすくなり、焼いているあいだに水分が出て肉が割れにくくなる。
しかし、今回は生のまま使っています。
玉ねぎを生のまま加えると、さっぱりとした仕上がりになるからです。

まだまだ続くのでこの先割愛しますが、「なぜ副素材を加えるのか」「なぜたまねぎか」そして、レシピでは使わない炒めたまねぎにさえ、なぜそうするのかを追及していくという凄さ(笑)
樋口さんのレシピでは栗原さんと違い、玉ねぎはなるべく細かく刻む。なぜなら粗いとハンバーグが割れやすいからだそうです。それにしても、同じ「生のたまねぎを入れる」ということに対して、こんなに表現が違うのです。

樋口さんのレシピで作ってみた

別に、どっちのレシピが正しいとか、そういうことを言いたいわけではないんです。でも、男性読者がどちらを好むかなと思うと、やっぱり樋口さんのレシピじゃないかと思います。女性読者は最近は分かれてきました。女性のほうが生き方の多様化にともなって、タイプの細分化も起こっているからではないでしょうか。

違うタイプであることを認め合った上で「様々なレシピが存在する」ということが重要だと思っています。

たしかに、樋口さんの本のように、レシピの前に長文で料理を説明する構成は、これまで見かけませんでした。(土井善晴さんの『定番料理はこの1冊』が少し似ているかな)
「解説を長くするとレシピそのものが難しそうに見えて結局作らない」という“初心者レシピのパラドックス”が長文レシピの敬遠される理由だと思っていますが、長文レシピは本来は(読解力さえあれば)料理に慣れない人にもコツをしっかり解説できる親切設計です。なぜそれをやるか覚えれば、他の調理にも応用できるからと、樋口さんもおっしゃっていました。

ちなみに昨年の料理レシピ本大賞で入賞された有元葉子さんの『レシピを見ないで作れるようになりましょう』も文章一辺倒のレシピ本では?という質問が来そうなので答えると、有元さんのは調理の理由というよりは、状態を描写している感じですね。論理的ではなく、あくまで有元さんの体験的なものから出てきたノウハウを説明する文章になっています。

この話はトークショーでもしたのですが、私もわりとこういうタイプで、最初から理由を知ってやっているわけではなく、手を動かしつつの試行錯誤した集積から、こうではないかと導き出し、後から調べて補完しています。

おっと、脇道にそれました。最近になって、科学的な根拠をしっかり明記したレシピ本、また、料理のシステムや家庭料理の考え方そのものを論じるレシピ本(下の写真みたいな)が出てきはじめた背景には、料理の基本構造を理解してから取り組みたいという感性を読者が持つようになったことがあるのかもしれません。それは女性の考え方が変わってきたから、あるいは男性読者が増えてきたから。多分こうした本は、男女両方をターゲットとしているはずです。

土井善晴『一汁一菜でよいという提案』、有元葉子『レシピを見ないでつくれるようになりましょう』、ウー・ウェン『家庭料理8つの基本』、白崎裕子『必要最小限レシピ』

と、いうわけで男と女の味覚や料理の違いに対して何の答えも出ませんでしたが、こんなような話を樋口さんとしているうちにあっという間に時間がたってしまいました。
これからの時代、男も女も料理する時代であることは間違いありません。そうなるともっと差が出てくる、反対に差が縮まってくる可能性もあります。男性の料理参加によって家庭料理の世界が多様化していくと楽しいなと、私は思っています。

そういえば、この対談の前後で「男はなぜ味に保守的なのか、なぜケチャップ味が好きなんだろう」と樋口さんがずっと言ってました(笑)。この問いに明快なお答えくださる方いたらぜひ!

樋口さんのレシピ本。どれもおいしくできます。樋口さんもイチオシという生姜焼きがおすすめ。

『スープ・レッスン』は、わりかしユニセックスな料理本ではないかと思っています。




読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。