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汁で呑ませる、汁で呑む

仕事で京都へ行った折、「志る幸」という、河原町にある汁の店で食事をした。汁物を売りにする、創業90年の老舗の料理屋だ。行きたくて、タイミング合わず行けなかった店だった。

暖簾の奥、入口の引き戸を開けて入ると、パリッとした割烹着姿の店員が席に案内してくれた。店内はちょっとユニークな造りで、中央にL字のカウンターがある。カウンターの内側は厨房ではなく、畳張りの小上がりになっている。店員がそこから給仕をする仕組みなのだ。カウンターはずいぶん低く、それに合わせて椅子も子供用みたいにかわいらしい。店のサイトを見ると、伝統芸能・能の舞台を模した、とある。
さらに壁に背中をつけるかたちでぐるりとベンチが置かれ、細長いテーブルが配されている。L字のカウンターが二重になったような形、といえばおわかりいただけるだろうか。私は壁ぎわの座席についた。テーブルには橋の欄干のような装飾がついていた。店全体がすこし舞台がかっている。

一方、メニューはシンプルで、卵焼き、蓮根饅頭、湯葉や水茄子など、わかりやすい、でも魅力的な酒の肴が十数品。汁の具のメニューは木の板に書かれて壁にかかっている。たい、はまぐり、しじみ、ゆば、じゅんさい、おとしいも。

酒呑みのための店だが、この店には「利休弁當」という名物がある。昼時だったこともあり、さっと見渡すとみんなこれを頼んでいたので私も右にならえした。
利休弁當には豆腐の味噌汁がついてきますという。別のお椀に追加料金で変えることもできる。少し考えて、豆腐の味噌汁はそのままで、もうひと椀、単品で味噌汁を追加注文する。具はそうとう迷って鱧(はも)にした。
汁の具では、すりおろした山芋を味噌汁に入れた「おとしいも」の味噌汁が有名で、スープ作家としてはそれを選ぶべきだったのだが、片方が豆腐ならもう少し季節感のあるものが食べたかったのだ。

運ばれてきた利休弁當は、卵豆腐、柔らかく炊いたぜんまい、鮭の西京焼き、鶏のうま煮、きゅうりの酢味噌和えが、きれいに型抜きしたかやくごはんをぐるりと囲むように置かれている。あとお漬物。なんてことはないものばかりだけれど、手が細やかにかかっていると一目でわかる。

これは呑まざるを得ない…というビジュアルに、思わず冷酒を注文してしまった。

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汁はどちらも白味噌仕立て。(変えてもらうこともできるようだ)豆腐の味噌汁は陶器の碗に、鱧は黒塗りの蓋つきの椀に運ばれてきた。鱧のお椀の蓋を開けると焼いた鱧の骨が香る。豆腐はさいの目の絹ごし豆腐、ごく薄切りにしてさらした青ネギで留めてある。どちらも決して気取った作りではないけれど、味噌汁として好ましい美しさ。

豆腐の味噌汁を一口。自分が思い描いていた味噌汁よりも、甘く、やわらかく、うまみが濃い。なんというか、少しテクスチャーのついた、とろみのある口当たり。昆布を強く感じる。豆腐は絹ごしで汁と一体化している。無限に食べられそうな味噌汁だ。

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鱧の椀は、すすった最初の一口にじゅんさいがちゅるんと入ってきて、幸せな気持ちになった。鱧の身がしっかり入っていて、ひとりなのにお酒が進んでしまう。肴の方も一品ずつきちんとおいしく、かやくごはんは、ごぼうやにんじん、白いこんにゃくが細かく刻まれていて味もひかえめ、品が良い。

もし可能だったらもうひと椀…なんてもくろんでいたが、たっぷり2杯の汁をいただいて、料理とお酒を楽しんでこのうえなく満足してしまった。

志る幸、という店名の由来は「汁構」という言葉からきているとのこと。これは戦国時代の気取らない酒宴スタイルで、招かれた方はご飯を持参し、招く法は酒と味噌汁で饗応するというやり方。汁にはさまざまな具材を入れられる。今でいえば鍋パーティに近いのかな。いずれにしても気軽で、現代に復活させてもいい宴会スタイルだと思った。

前日は大雨だったけれどこの日の京都は晴れ。熱々の汁と酒で体がすっかりあたたまって、店から出ると地面から蒸されるような暑さでぽーっとしてしまったけれど、食事の楽しい余韻をかかえてしばらく散歩。

汁で呑ませる、汁で呑むやり方を考えながら、京都の街を歩いていった。


読んでくださってありがとうございました。日本をスープの国にする野望を持っています。サポートがたまったらあたらしい鍋を買ってレポートしますね。