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【小説】 紅(アカ) 別の世界とその続き 第14話

第14話

海の中から飛び出して来た何かは、ジャボンッと大きな音を立ててまた海へと潜り込んだ。一瞬僕の目の前に現れ、僕と目を合わせたその何かの瞳は、まるで人間の様だった。
僕の見間違いか??
リリーは、僕の方へと駆け寄り、僕の腕をグイッと引っ張った。
「突然走り出して、びっくりしたじゃない! あんなに無防備に海に飛び込んで行くなんて、ジャン、食べられちゃうわよ」
「僕、食べられそうだったの? やっぱり?」
「足、食べられてないわよね?」
そう言われて僕は、ガクガク震える自分の足を慌てて確認した。
良かった。何もなっていない。
「何? 今の!」僕は震えながらもリリーに尋ねた。
「人面魚よ」
「人面魚? 君、人魚だって言ったじゃないか」
「人魚は、アンナよ! さっきのは知らない! 人面魚なんて沢山いるんだから、勝手に彼らの世界に踏み込んじゃだめよ! 海は眺めるものなの!」
……眺めるもの?
「早く言ってよ。食べられちゃうとこだったじゃないか。それで、アンナってどこにいるの?」
「アンナは、海の底の方よ」
「じゃあ、会えないじゃないか」
「呼べば良いのよ」
「どうやって?」
「……こうやって」
——そう言うと、リリーは、す〜っと息を吸い込んで、優しい声で歌った。

語りかける様に歌うリリーは、神秘的な海の背景もあってか、優しい女神の様にも見えた。
リリーの歌声に聞き惚れていると、先程まで優しく波打っていた海が渦を巻き始めた。

渦の中心から、黒髪ロングの綺麗な女性が顔を出した、胸元までオーロラのドレスを着ている様に見える彼女は、リリーの歌声に答える様に妖艶で、悪戯な笑顔で歌った。
彼女は歌ったかと思うとまた海に潜り、次の瞬間、水面から顔を出し、肩幅より大きな薄くヒラヒラとした尾鰭を翻しながらクルリと宙を舞った。
何とも神秘的な姿だった。

僕だけが取り残されているみたいだった。
僕はただ茫然とその場に立ち尽くし、彼女たちの歌に聴き入っていた。

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