思い出よりも(チクタク水兵さん)【#毎週ショートショートnote】
父親の記憶はほとんどない。アメリカ海軍の軍人だったらしい。周囲に反対されて入籍できず、俺が2歳になる頃には本国に帰ったのだとか。
5歳の誕生日に置時計が届いた。1時間ごとにセーラー服の水兵が出てきて敬礼するやつだ。カードがついていて、母親が読んでくれた。
「愛する息子へ。お誕生日おめでとう」
それっきり、父親からはなんの便りもなくなった。
たぶん、母親が結婚したせいだろう。それまで何度か会っていた男が新しい父親になり、水兵の時計は片づけるよう言われて、やがて弟が生まれた。
その頃から、なんとなく、家を居心地悪く感じ始めた。
新しい父親とも、母親とも、弟とも、日に日に気まずくなっていって、18になった頃にはひとり暮らしをすると言うしかなかった。
あの時計を探した。物置にちゃんとあった。それを持って家を出た時、みんなほっとしたような顔をした。たぶん、俺も同じ顔をしていた。
だけど、探せないんだ。名前も知らないから。
(本文411文字)
こちらの企画に参加させていただきました。
裏お題「チクタク水兵さん」でした。
そのまま時計の話を。
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