風邪ってそもそも何?-What's Common Cold Syndrome?-
季節も移ろい、春から新緑の時期に差し掛かってきました。そんな季節の変わり目はどうにも体調を崩しやすいもので、皆様はいかがお過ごしでしょうか。特に気温の高低差が日によって変わると体温の調節も難しいものです。
筆者はというと、家庭内で風邪が流行しており例に漏れず自分も罹患してしまいました。咳やら痰やら頭痛やら、なんとも忌々しい限りです。
ところで、私達は日常的に「風邪」と呼んでいる疾病、病原の名前でもなんとか症候群というような病名で呼ばれることはありません。では、そもそも風邪とは何なのでしょうか?
今日は、風邪という疾病についてのお話をしようと思います。
注)筆者は医療従事者では無いため本記事に記載することは一般的な話になります。実際に罹患した際などには、医師や薬剤師の指導を受けて十分理解したうえで、栄養を取って安静に治療に努めてください。
Introduction
風邪は一般名称ですが、医学的には感染性呼吸疾患の「かぜ症候群」と称されています。
以下、日本呼吸器学会からの引用です。
かぜ症状群の原因微生物は、80~90%がウイルスといわれており、主な原因ウイルスとしては、以下のものが挙げられます。
ライノウイルス(HRV; 風邪の原因の30~40%)
コロナウイルス(HRVに続き頻出、新型のCOVID-19とは異なる)
RSウイルス(Respiratory Syncytial virus; 生後1歳から2歳までにほぼ100%1度は感染する)
パラインフルエンザウイルス(HPIV; 1~4型がある。主に春から初夏に多い。インフルエンザウイルスとは異なる)
アデノウイルス(咽頭結膜熱、主に夏に流行する。)
ウイルス以外では、一般細菌、肺炎マイコプラズマ、肺炎クラミドフィラなど特殊な細菌も原因となります。
本記事においては、わかりやすさを重視して「かぜ症候群」のことを「風邪」と表現します。
ウイルスとは
風邪の原因はわかりましたが、そもそも原因であるウイルスについても触れておきます。
微生物といえばだいたいカビや細菌のような菌を想像すると思います。水虫はカビである白癬菌に、ニキビはグラム陽性菌であるアクネ菌により引き起こされます。
しかし、ウイルスというのはそれらよりも更に小さく、光学顕微鏡では見ることができず電子顕微鏡などが必要になるほど小さい菌です。
ウイルスが細菌やカビと決定的に違うのは、「自分の力で増えることができない」という点にあります。
一般的にカビや細菌などの菌は、私達多細胞生物の細胞のように細胞膜の内側に(外殻に細胞壁がある場合もある)遺伝子とその増殖因子であるリボソームを保有しており、分子生物学の中心的概念であるセントラルドグマを演じます。
ではウイルスはどういうものかというと、タンパク質のカプセルの中に遺伝子が入っているというだけの極々単純なものになります。自己増殖の機能がないので生物であるかどうかという議論もありますが、ここでは深くは触れません。
このウイルスの奇妙なところは、宿主である生物の細胞の物質を取り込む作用(エンドサイトーシス)から細胞内に侵入し、細胞内でmRNAを経て細胞内のリボソームを用い外殻のタンパク質を合成し、凝集することで増殖します。
ざっくり言ってしまうと、細胞という工場に設計図だけ持って侵入し、設備を勝手に使ってコピーしていることをしています。悪いやつですね。
ちなみに、細胞内に侵入し遺伝子を放出した時点で単一のウイルスとなる粒子は存在しないこととなることを暗黒期(エクリプス期)と言うことがあります。これを考えると本当に生物かどうかわからなくなりますね。
ウイルスと病気
細胞レベルで言うと、細胞はウイルスが細胞内の機能を使って勝手に増え続けている状態になってしまい、実質「乗っ取られた」状況になってしまっています。
こうなるとどうなるかというと、ウイルスが増えすぎて宿主細胞が死んでしまうパターンと、あえて増えすぎないことで細胞増殖と細胞死(アポトーシス)との速度が釣り合うようになった潜伏感染状態となるパターンになります。
後者のパターンだと、単純ヘルペスウイルス(HSV)が挙げられますが、HSVは感染後に神経細胞の中に潜伏し、免疫低下などの何らかの刺激に対応して再活性化します。
宿主生物の個体レベルで言うと、T細胞性免疫のように乗っ取られた細胞を破壊することや、マクロファージによりウイルスを回収することによって病原を取り除く働きがなされます。
発熱はなぜ起こる?
ウイルスが体内で何をするかはわかりました。では、風邪の諸症状は一体何なのでしょうか。
風邪をひくと症状として出てくる代表は発熱だと思います。
平熱は個人差があるので発熱は平熱よりも高い状態でありますが、日本の感染症法では、37.5℃以上を発熱、高熱は 38℃以上と定義されています。人体のタンパク質は42℃を超えると変質してしまうことから高熱はかなり危険な状態であることがわかります。
しかし、人体はこの発熱を免疫反応としてあえて利用しています。
どういうことなのでしょうか?
ある研究では、腸内細菌叢が関連していると考えられています。
発熱がウイルス性肺炎の重症化を抑制するメカニズムを解明 ――重症化の抑制には38℃以上の体温で活性化した腸内細菌叢が必要だった――|東京大学医科学研究所 (u-tokyo.ac.jp)
曰く、体温が38℃以上となることによって腸内細菌叢が活性化され、二次胆汁酸の分泌を促進することでウイルスの増殖と炎症反応を抑制するというものだそうです。
胆汁酸というのは、C-24からなるステロイド骨格を有する両親媒性化合物のことを指します。肝臓で生産される胆汁酸を一時胆汁酸といい、ケノデオキシコール酸やコール酸が一次胆汁酸となります。胆汁酸は腸管内の脂質をリパーゼによる分解が受けやすいようにミセル化し、肝臓に取り込まれるようにします。
胆汁酸の約95%は小腸株で再吸収され腸肝循環で使用されますが、残りの5%は腸内細菌の働きで代謝を受け糞便として排出されます。
胆汁酸は核内受容体FXRや細胞膜受容体(TGR5)のリガンドとして代謝系や炎症を協調的に制御するシグナル分子として作用します。
この胆汁酸ですが、近年では抗ウイルス作用があることが注目されています。
“胆汁酸”がB型肝炎ウイルスの感染を制御―B型肝炎ウイルスの排除や感染予防に期待― | 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (amed.go.jp)
以上のことから、発熱によって腸内細菌叢を刺激し、抗ウイルス作用を有する胆汁酸の生産を誘導しているということが考えられています。
咳はなぜ起こる?
咳は外から入ってきたほこり、煙、風邪のウイルスなどの異物から肺や気管などの呼吸器を守るために、気道から取り除こうとする生体防御反応のことです。
炎症というのは免疫反応の一つで、病原体関連分子パターン(PAMP)がリガンドにより認識されて炎症メディエーターであるサイトカインが放出される事により生じます。
サイトカインの作用により、血管壁の浸透性が高まります。これが血液供給量の増加に伴う発赤や熱感、浸透性の増加から来る体液の浸潤に伴う腫脹や疼痛に繋がります。これにより、異常部位へのエネルギー供給や白血球の輸送など多岐にわたる作用をもたらします。
この炎症が気管支で起こるものが気管支炎であり、病原が肺に入ってしまうと肺炎を起こします。
痰は、異物を除去するための粘液が多量に分泌された結果に排出されるものになります。
抗生物質と抗ウイルス薬
「風邪の特効薬が作れたら、ノーベル賞がとれる」
と言われることがあります。しかし、かぜ薬というのは一般にドラッグストアで売られています。先に記載したように原因がわかっていればそのための薬を作ればいいのではと思うかもしれません。ですが、実際にはそううまくいきません。
傷口や皮膚の炎症部位の治療に処方されるのは抗生物質ですが、これは原因がカビや細菌などの菌であるからです。抗生物質はどれも同じ菌を殺すもののように思えますが、実際にはかなり多くの種類が存在し、病原の種類によって作用するものとしないものとがあります。これを抗菌スペクトルといいます。
なんの菌に感染しているかは精密検査としてみないとわからないわけで、それが細菌であり特定できれば抗生物質は処方できますが、初診でそれを判断することは困難です。これが、風邪をひいたときに抗生物質があまり処方されない理由です。
先に記載した通り、実際には風邪の原因は80~90%がウイルスです。ウイルスはそもそも菌類とは構造も全然異なりますので当然抗生物質は効きません。
また、一口に風邪と言っても似たような症状でも原因となるウイルスが異なることも多いので、特効薬となるものの開発が困難であるとされています。
なお、COVID-19の経口薬であるゾコーバ(エンシトレルビル)はウイルスRNAから翻訳されたポリタンパク質をプロセッシングする特異的なプロテアーゼであるC30エンドペプチダーゼを阻害することで増殖を抑制するというものになります。この開発にも大規模な研究開発が要されることから、ふつうの風邪のような緊急性の低いものは開発コストに見合わないのかもしれません。
かぜ薬とは
では、私達が服用する処方された薬や市販のかぜ薬は一体何なのでしょうか。実際に筆者が処方された例を元に説明します。
1.PL配合顆粒
これはいわゆる総合かぜ薬になります。PL配合顆粒というのは販売名であり、4種類の有効成分が配合されています。
・サリチルアミド(非ステロイド性抗炎症薬)
・アセトアミノフェン(解熱・鎮痛薬)
・無水カフェイン(鎮咳・鎮痛補助薬)
・ブロメタジンメチレンジサリチル酸塩(抗ヒスタミン剤、抗炎症)
2.メジコン(デキストロメトルファン臭化水素酸塩水和物)
これらは咳に関するものになり、メジコンは咳反射を抑制し鎮咳作用を示します。咳対策には気管支拡張剤としてdl-メチルエフェドリン塩酸塩が配合されている製品もあります。
3.ムコダイン(カルボシステイン)
カルボシステインは粘膜調整により痰や膿を出しやすくするもので、鼻水をサラサラにするためにも処方されます。去痰には市販薬ではブロムヘキシン塩酸塩が配合されているものがあります。
4.クラビット(レボフロキサシン)
抗菌スペクトルの広い抗生物質になります。喉が炎症を起こしていた場合、一次的または二次的に細菌による感染を考慮して処方されることがあります。
5.エンペラシン(d-クロルフェニラミンマレイン酸塩)
抗炎症薬であり、喉の炎症のために処方されます。アレルギー性鼻炎だけでなく蕁麻疹や湿疹にも処方されます。抗炎症薬にはトラネキサム酸を配合している製品があります。
6.ロキソニン(ロキソプロフェンナトリウム)
消炎・鎮痛作用があり、頭痛薬として広く使われます。
その他、市販薬には補助的にヘスペリジンが含まれていたり、抗生物質が処方される際に胃腸の保護のためにビオフェルミンが処方されることもあります。
見てわかるように、ウイルス自体への対策というよりは基本的には自己免疫力による治療を目指すものであり、症状がひどいときに上記の薬剤が処方されることになります。
上記のものはあくまで筆者が直近に処方されたものを列記したものであり、治療に関して何かを言うものではなりませんのでご留意ください。
Conclusion
市販のかぜ薬の中にはジヒドロコデインリン酸塩が配合されているものが多くあります。
コデインは古くから咳止め薬として利用されており、誘導体であるジヒドロコデインは鎮咳・鎮静剤として配合されています。
コデインおよびジヒドロコデインはオピオイドというアルカロイドに分類される物質で、代表的なオピオイドにモルヒネがあります。μ受容体アゴニストであり、麻薬性の鎮咳薬となります。副作用として、精神機能抑制作用と催眠作用がありますが、モルヒネの1/3以下であり弱いながらも依存性を示します。
どこの馬鹿に入れ知恵されたのか、近年では若者の中でオーバードーズ(OD)による濫用が社会問題となっているようです。
ジヒドロコデインは鎮静作用がある「ダウナー系」で、交感神経興奮剤であるエフェドリンの誘導体であるメチルエフェドリンが配合されているものは「アッパー系」だそうです。
それぞれ微量のものなので、大量に服用しなければなりませんが、ドラッグストアなどでは購入に制限があるのでネットで仕入れるのでしょう。
薬は用法と用量を守って、健康的に過ごしましょう。
お前が言うなって声が聞こえた気がしましたが、気のせいですね。
ご清聴ありがとうございました。
Reference
“胆汁酸 ”を介した腸内細菌と宿主のクロストーク 胆汁酸が宿主と腸内細菌の関係を紐解く鍵になる
Kagaku to Seibutsu 60(2): 79-88 (2022) (jst.go.jp)
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