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からだに良い脂肪酸ってなに?-Stereochemistry and metabolism of Fatty acid-

近年、健康に関する研究が進み、その過程で脂質にも種類があり健康効果についての情報が溢れています。
特に、トランス脂肪酸というのは憎き仇のようにされ、オメガ3脂肪酸が救世主のように扱われています。

ところで、そもそも同じ"脂肪酸"とつきますが何が違うのでしょうか?
今日は脂肪酸とはなんなのかというお話をしようと思います。

かなり有機化学と生化学に寄った内容になるのでご注意下さい。


Introduction

以前脂質について記事の中で言及しました。

一口に脂質と言っても、実際には3種類に分けることができます。一つはただの炭素鎖の飽和脂肪酸(SFA)、対して炭素鎖に二重結合が含まれるものが不飽和脂肪酸と呼ばれ、一価不飽和脂肪酸(MUFA)と多価不飽和脂肪酸(PUFA)に分類されます。

https://note.com/kappa_scp2511/n/nbe79f2d5cd71

不飽和脂肪酸というのは、二重結合が含まれる炭素鎖であるアルケンのことです。

早速ですが、トランス脂肪酸の"トランス"とはなんでしょうか?
高校や大学などで化学に触れている人はわかるかも知れません。

"トランス"の対になる表現は"シス"です。
つまり、"トランス脂肪酸"が敵なら味方は"シス脂肪酸"です。
どういうことでしょうか。


Stereochemistry

化学には立体というものがあるという話を以前しました。

化学においては立体というものは非常に重要な因子です。
二重結合の幾何異性体はcis(シス)型とtrans(トランス)型に分かれます(Fig.1)。それぞれ、炭素鎖の主鎖の折れ曲がり方が異なります。
折れ曲がり方が異なるとどういうことが起こるかというと、立体障害が生じます。

Fig.1 geometrical isomer

二重結合はπ結合により結合する分子は平面に位置します。平面上ではcis型をとると、主鎖の炭素が近接することになります。つまり、磁石が反発するようにσ結合のsp2-sp3結合がエネルギー的に不安定になる状態にあります。


Unsaturated fatty acid (UFA) overview

さて、不飽和脂肪酸の中で必須脂肪酸であるα-リノレン酸を見てみましょう(Fig.2a)。α-リノレン酸は直鎖の不飽和脂肪酸ですが、炭素の9-10位(Δ-9)と12-13位(Δ-12)と15-16位(Δ-15)が二重結合になっています。一般的に直線で表記されることが多いですが、二重結合の部分に注目してみます。

Fig. 2 Structure of α-linolenic acid (ALA, a and b)

リノレン酸を結合角を実際のもの(120°)にして平面構造を見てみましょう(Fig.2b)。trans型は置換基が対角になるため直線になりますが、cis型をとるため折れ曲がる形になります。
先述の通りcis型はエネルギー的に不安定です。自然にあるものですが、少々不自然な気がします。必須である以上、何か意味があるはずです。

この折れ曲がった構造が、非常に重要なポイントになります。

ちなみに、不飽和脂肪酸は命名法に従うとカルボキシル基からの炭素の番号割がなされますが、不飽和脂肪酸はメチル末端より数える(ω位)なようです。これは、炭素鎖の伸長にあたってクライゼン縮合で炭素が2個づつ増加していき、不飽和化酵素が炭素鎖を折り曲げて中心から見てメチル末端側から不飽和化していくからだと思います。また、不飽和脂肪酸は慣例として炭素鎖の数に対する二重結合の数を記載することとなっており、二重結合の数は不飽和度と言ってnで表されます。さらにメチル末端からの6番目の結合位置に二重結合があるので、リノレン酸は18:3 (n-3)または18:3 (Δ9,12,15)と表記します。リノレン酸は二重結合の位置からω3脂肪酸と呼ばれたりします。


Metabolism and biosynthesis

Fig. 3 Structure of arachidonic acid (a and b)

アラキドン酸(Fig.3)を例に、必須脂肪酸がどのように代謝されていくか見ていきましょう。

アラキドン酸は細胞膜を構成するリン脂質から生産され、免疫機能や細胞増殖調整などの生理活性をもつ脂質メディエータという一群を合成するのに消費されます。
この代謝経路をアラキドン酸カスケードと言います。

アラキドン酸はCyclooxygenase(COX-1/COX-2)によりC-11にヒドロペルオキシルラジカルが付加されペルオキシド構造となり、C-9とC-11間でヒドロペルオキシドが形成されます。さらにCOX-1/COX-2によりヒドロペルオキシドが付加されPGG2となりPeroxidase (COX)によりプロスタグランジンH2(PGH2)を生産します(Fig. 4)。

Fig. 4 Biosynthetic pathway of prostaglandin H2 (PGH2)

PGH2自体は非常に不安定なので、その他の酵素によって生理活性物質へと代謝されます。代謝された物質および誘導体は、エイコサノイドと呼ばれます。
エイコサノイドはプロスタグランジン類、ロイコトリエン類、トロンボキサン類に別れ、血圧低下作用や発熱・痛覚伝達、筋収縮、アレルギー発症、炎症反応の維持など多岐にわたる生理活性を持つ物質であり、体内でも非常に重要な役割を持ちます(Fig.5)。

Fig. 5 Structure of prostaglandin E2 (PGE2), thromboxane A2 (TXA2), leukotriene A4 (LTA4)

アラキドン酸カスケードにおいて、ペルオキシド構造を形成するためにはPGH2シンターゼが反応しやすい状態にある必要があることから、Δ-9とΔ-11が近接するような状態のほうが都合がいいと考えられます。アラキドン酸は4つの二重結合を持つことで立体的にも折れ曲がっており、PGH2シンターゼの反応に都合が良い状態にあるのでしょうか。この反応性やエネルギー的な情報は見つけられませんでしたが、天然に存在する多価不飽和脂肪酸がcisであることには重要な意味があると考えられます。


Physical and Fluidity


Fig. 6 Structure of Docosahexaenoic acid (DHA)

ドコサヘキサエン酸(22:6(n-3), DHA)は二重結合を6個もつ不飽和脂肪酸です。体内では網膜や神経や心臓など重要な部位に存在していて、青魚に多く含まれておりそこから摂取されます。魚を食べると頭が良くなるやつです。α-リノレン酸同様、ω-3位に二重結合があるのでω3脂肪酸と呼ばれています。
DHAは先に紹介したα-リノレン酸から体内で生合成できますが、元となるα-リノレン酸は生合成できないため必須脂肪酸となっています。植物や微生物が生産したものを魚を食べることで生体濃縮されると考えられています。

代謝についてアラキドン酸を例に紹介しましたが、DHAを例に生体内での動態について見てみましょう。

細胞は絵に書くとたいてい丸か角丸四角で描かれますが、実際には細胞膜は柔軟です。
細胞膜はリン脂質(phosphatidylcholine, PC)が疎水部を内側に、親水部を外側にして連なって二重層を形成しています。洗剤である界面活性剤も同様に親水部と疎水部があり、油汚れに結合してコロイドという粒子に固まって水に遊離するようにします。ざっくりいうとこのコロイドが大きくなったようなものが細胞膜です。

リン脂質は通常、飽和脂肪酸の直鎖(グリセリン骨格)を疎水部に持ち、相互作用によってまとまっています。しかし、脳や網膜では二重結合がある不飽和脂肪酸を持ち、折れ曲がり立体的になることで隙間が多くなり流動性を持つことになります。これらの組織は、他の組織よりも活発な膜ダイナミクスと酵素代謝を示すことから、不飽和度が高いほうが有利であることとなります。
このように、細胞膜のリン脂質二重層によりタンパク質が膜を貫通してリン脂質・タンパク質ともに流動的に動く構造を流動モザイクモデルといいます。
DHAは脳内に最も多く存在する長鎖不飽和脂肪酸ですが、不飽和度が非常に高いことから高い流動性を保持することに寄与しています。DHAは神経細胞の分化やシナプスの形成の機能も担っていることから、非常に重要な脂肪酸であり、おそらくこれが頭が良くなると言われている理由だと思います。

また、DHAはΔ-10とΔ-17の二重結合がエポキシ化され水酸基となったプロテクチンD1(PD1)という物質(Fig. 7)に代謝されますが、PD1は高い抗炎症作用や神経保護作用を示す脂質メディエータであることが知られています。また、このPD1はインフルエンザウイルスの増殖を抑制する作用があるとして注目されています。

Fig. 7 Structure of protectin D1

PD1の抗ウイルス作用については、ウイルスのRNAの核外輸送を特異的に阻害する事によるものであり、現在の治療薬であるノイラミニダーゼ(NA)阻害剤とは異なる作用機序になります。


Trans fat (fatty acid) overview

今までcisの脂肪酸についてお話してきました。
では、対するtransの脂肪酸とはどんなものなのでしょうか。

Fig. 7 Structure and melting point of 3 fatty acid

18個の炭素からなる長鎖脂肪酸を3種類比較していきます(Fig. 7)。
ステアリン酸は飽和脂肪酸で二重結合を持ちません。オレイン酸とエライジン酸は共に不飽和脂肪酸でΔ-9に二重結合をそれぞれ持ちます。異なるのは二重結合がオレイン酸はcisなのに対してエライジン酸はtransです。このエライジン酸が、トランス脂肪酸というものです。

融点で比較すると、二重結合を持たないステアリン酸が最も高く、不飽和脂肪酸ではエライジン酸がオレイン酸より高いことがわかります。不飽和脂肪酸は、飽和脂肪酸に対して二重結合があることによって立体的になることで分子間の空間が生じ温度変化をもたらしやすいことから、比較的低温度でも液体でいるということになります。オレイン酸とエライジン酸のような立体異性をジアステレオマーと言いますが、ジアステレオマー同士では物性が異なります。実際に、オレイン酸の方が低い温度(常温、24℃)でも液体で存在します。

トランス脂肪酸は自然界にも少量存在していますが、基本的には動植物の脂肪中に存在します。細胞膜もリン脂質の疎水部は脂肪酸ですが、飽和脂肪酸は融点が高いことから膜内でのその比率が高くなると柔軟性を失うとされます。

マーガリンやショートニングを見るとわかりますが、それらは固形の食品です。マーガリンは脂質に食塩やビタミンを添加したものですが、主原料は動植物性油脂です。しかし、植物性油脂は常温では液体です。そこで用いられるのが水素付加(hydrogenation)です。

水素付加というのは簡単に言えば不飽和脂肪酸の一部を飽和脂肪酸に変えることです。これにより融点が上がり、常温でも固体・半個体になることになります。マーガリンに含まれる脂質はおおよそ15%が飽和脂肪酸で、残りの8割以上は不飽和脂肪酸となっていますが、最も多いC18化合物は水素付加によりステアリン酸となっています。水素付加は一般的にシン付加で起こるとされており、トランスでは起こりにくいようで、トランス脂肪酸は飽和脂肪酸になりにくく残るのかも知れません。

トランス脂肪酸というのは、主に加熱によって生じます。
何が起きるかというと、長期間加熱された植物油は空気酸化されることによってペルオキシド化が発生します。アラキドン酸のときは酵素による触媒で生じていましたが、ここでは熱エネルギーで生じます。このペルオキシド化された脂質を過酸化脂質と言いますが、cisは先述の通り不安定な構造であることから転位反応(異性化反応)によって安定的なtransへと変換されます。これによりトランス脂肪酸が生成されます。

また、マイクロ波による加熱は異性化反応を顕著に増加させるようです。通常の加熱調理でも異性反応は起こるとされますが、実際調理程度の加熱ではオレイン酸は変化しないとされています。


Problems with trans fats

トランス脂肪酸の構造的な違いはわかりましたが、何が問題なのでしょうか?

統一の見解としては、トランス脂肪酸は動脈硬化やメタボリックシンドロームの原因となるということです。

トランス脂肪酸は不飽和脂肪酸でも立体異性体であることから、リノール酸やリノレン酸のようにアラキドン酸カスケードへとは代謝されません。どうなるかというと、通常の脂肪酸と同様にβ酸化によりエネルギーとして代謝されます。

動脈性心疾患につながる悪玉(LDL)コレステロールを増やすだけでなく善玉(HDL)コレステロールを減らすとも言われていますが、ここで一つ疑問が生まれます。

「普通の脂質代謝異常症と何が違うのか?」

トランス脂肪酸は普通に脂質として代謝されるのなら普通の脂質を取りすぎとなにか違うのでしょうか。

in vivo実験を見ても、要するに血中に脂肪を大量に摂取させてコレステロールを調べたもので、それにより動脈硬化や心疾患へのリスクへとつながると考察しています。アレルギーの悪化の指摘もありますが、不飽和脂肪酸の代謝産物であるエイコサノイドは炎症反応も誘起します。天然のリノール酸にも少量のトランス体は含まれます。不飽和脂肪酸も脂質なので、不飽和脂肪酸は必須ではありますが、過剰摂取は結局生活習慣病のリスクへと繋がるのではないでしょうか。自然回帰してむしろトランス脂肪酸を避けて動物性の飽和脂肪酸を使用していたら意味がありません。

ちなみに、トランス脂肪酸の生成の途中で生成された過酸化脂質は、酸化の過程でエポキシ化されますが、エポキシドの反応性の高さからDNAを損傷させることやマクロファージの誘引による動脈硬化の原因となるとされています。
しかし、これはトランス脂肪酸の話ではなく、あくまで副産物です。とはいえ、見過ごすことができない問題です。

個人的な見解ですが、要するに現代社会での脂質のとりすぎが問題であり、必須脂肪酸は取る必要があるけど健康への救世主ではなく、使いまわした油で揚げたようなものは使わず、運動によりエネルギーを消費することがそもそも必要なことではないのでしょうか?
私には、トランス脂肪酸バッシングは体の良い論点のすり替えに感じます。

欧米のトランス脂肪酸バッシングは2000年代から始まっており、WHA/FAOのレポートでトランス脂肪酸の摂取に関する勧告が出されています。日本では2011年に含有量に関する表示に関するガイドラインが出されています。

その矢面に立たされているマーガリンに関しては非常に気の毒に思えていますが、近年の企業努力の末に水素添加をしないマーガリンの製法の開発やトランス脂肪酸を低減した商品が発売されています。

Conclusion

不飽和脂肪酸について、代謝から物性に関してのお話をさせていただきました。必須脂肪酸の体内での重要性と、普段なにげなく食べている脂質がそもそもどういうものなのかということがご理解いただけたら幸いです。

健康とは、バランスの取れた食事と適度な運動をもってして成就します。健康に良い悪いについての玉石混交の情報に惑わされず、基本を抑えることが生活していくために必要なことだと考えられます。

もともとなんで必須脂肪酸はcis型なのかという素朴な疑問から書き始めたのですが、なぜかかなりの労力でこの記事を書き上げ、最終的に少し食事を考えてみようかなを言う結論にたどり着きました。
皆様も食から健康について考えてみると良いかも知れませんね。

ご清聴ありがとうございました。


【Reference】

トランス型脂肪酸の栄養生理作用
ja (jst.go.jp)

脂肪酸不飽和化系と融合酵素
_pdf (jst.go.jp)

プロスタグランジン―その生体内における位置づけと全体像
_pdf (jst.go.jp)




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