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物語りの愉しみ~摩訶不思議な南洋の島で~

『マシアス・ギリの失脚』池澤夏樹 著:新潮社文庫

 1994年に刊行された池澤夏樹ロングインタビュー『沖にむかって泳ぐ』(インタビュアー新井敏記)によると、この小説の構想は、外から見た日本を描くということと、それをファンタスティックに書きたかったところから始まっているのだそうだ。その方向への促しとしてあったのが、ラテン文学のガルシア=マルケスの『百年の孤独』。マコンドという原始的な村で奇想天外な出来事が起こりまくる、いわゆるマジック・リアリズムの世界である。あのマコンドのような場所を作るために、創作したのが西太平洋の架空の島国、ナビダード民主共和国なのだそうだ。
 そのナビダード国の大統領マシアス・ギリが主人公。かつて、日本の植民地だったこの国で、ある時日本から戦没慰霊団がやって来る。彼らが乗ったバスが島で行方が分からなくなるところから話が始まっていく。
 大統領や、日本との怪しい政策や取引、予言的な力を持つ女が現れたり、やがて大統領と、この小国をめぐる大きな運命が予期せぬ方向へ動いていく。
 魅力的なのは登場人物。夜な夜な大統領の元を訪れる大航海時代の亡霊や、娼館の女主人、白人の同性愛旅行者、日本の闇の政治家、暴力的な国の自警団、また市井の人々などなど。
 この摩訶不思議な島で起こるさまざまな出来事、いわゆるマジックリアリズム的な世界とその物語にどんどん引き込まれていく。
 その物語の語りは、物語を読む愉しみでもある。
 この小説を無理やり定義してみると、案外推理小説的だったり、いや冒険海洋小説であったり、もしくはファンタジー小説、はたまた政治小説など、さまざまな重層的な物語になっていて、本来物語りというものはこういうものであるのかも、とワクワクさせてくれる小説でもある。池澤さん的な言い方をすると、ナビダードという摩訶不思議な島国でしばらく滞在したかのような、そんな読書体験を本書は与えてくれるだろう。
 93年に刊行だが、古さは微塵もない。



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