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強烈なリアリズムで、読み切ったターゲットを虜にしていく予感に満ち満ちる(「獣になれない私たち」第一話レビュー)

2018年秋クールドラマの大本命、日本テレビ水曜ドラマ『獣になれない私たち』。『逃げるは恥だが役に立つ』『アンナチュラル』を手がけた野木亜紀子氏の脚本となれば、ドラマファンとしては当然のごとく期待大。そこに水田伸生氏の演出が加わればさらなる期待。日テレの名ドラマあるところに水田演出あり、という名演出家。間違いなく素晴らしいタッグとなるだろう。

大人のリアルな人間模様を描きます、という番宣からはなかなか具体的な想像ができずにいたが、第一話はなかなかにハードな晶(新垣結衣)の職場環境が描かれる。これが大変にリアル。

まず、Web制作会社の描かれ方。かなり近い世界にいるのでよく分かるが、ほとんど隙のないリアルさと感じた。

IT企業の「今風」感はちゃんとオフィスに浸透してる。晶はいわゆる「オフィスカジュアル」だけど松任谷(伊藤沙莉)はキメキメファッションのお洒落さん。服装的にはそれでも全然OK!深夜まで頑張るエンジニア達は淡々と仕事をこなすチノパンポロシャツ。だがしかし!稼ぐためには徹底したクライアントワーク。取引先はスーツ族の大手企業。お客様は神様。はい喜んで。何やかんや仕事をとってくるのは会食、会食、お土産、会食、土下座、そして懐に飛び込んで発注をもらうのだ!クライアントワークメインのWeb制作会社なんて、プロジェクションマッピングとかVRなんちゃらとか、どんなにカッコイイ仕事してても「新しい働き方☆」なんて至難の業。いくら自社が新しくたって相手は古いんだから。

そんな「お客様は神様」企業の中で、ギリギリまで追い詰められる営業アシスタント、晶(新垣結衣)。いますよね、こういう人。私だ!って思った方、凄く凄く多いのでは。

ぷっつん、と糸が切れるのは取引先からのセクハラ。これがTBSなら「土下座ガッキーにその汚え手で触るんじゃねえ!と視聴者全員がこの男に殺意を抱いた瞬間。15.8%」と王様のブランチの視聴率ランキングのナレーションが入るこのシーン。瞬間最高殺意賞。電話での食事の誘いで殺意が2乗。倍じゃないよ、2乗だよ。

糸が切れた先にあったのは戦闘服。1話ラストではオフィスカジュアルを捨て去り、ド派手なブーツとフリンジたっぷりの強烈なニットを着た晶が、業務改善を突きつける。とりあえずみんな、ほっと一息。多少はスカッと。といったところでしょうか。

このラストに対して「こんな職場早く辞めればいいのに。業務改善じゃなくて退職願でしょ」「家庭環境が悪かったから辞められないのかな」「職場と晶の間に特別な事情が?」という意見がちらほら見受けられた。

しかーし。

個人的には「何言ってんの辞めるわけないじゃん家庭環境や事情なんてなくたって辞めんわ」という意見。ドラマ展開とは無関係なので下記囲みにて理由を一式。連ツイのやつです。長いので飛ばせます。

理由は一言で言えば「晶がああいう女性だから」。他人の仕事を散々に押し付けられ押し付けられ、イヤイヤの姿勢を多少は見せながらも仕方なしに完璧にやってのける。しまいには他人のミスより土下座までしちゃう。こういうタイプの人は本当に、本当に辞めないです。晶からは、様々な場面からその辛さしんどさは感じるものの、「じゃあ何がしたい」が一切見えてこない。それは職種からも分かる「営業アシスタント」。「嫌だ辛い」に対して「じゃあ君は何がしたい」と聞かれた時に、具体的な何かが出てこない

晶タイプの人は、「何がしたい」が出てこない限り、転職という選択肢さえ頭に浮かばないはず。「酷すぎる」「仕事できるんだからより良い環境がある」そんな言葉は耳に入って抜けてさようなら。晶タイプの人にとっては「辞める理由」よりも「辞めない理由」を探すほうが遥かに楽だからです。

「辞めない理由」は無限に出てきます。「頼りにされているから」「自分が抜けたら会社がもたないから」「それなりに居心地もいいし」「何だかんだみんないい人だし」「辛いこともあるけど、やりがいもそれなりにあるし」そして何より「辞めてまでやりたい事があるわけじゃないから」。

晶タイプの人はベストの選択肢が出てきた時にしか転職してはいけない、と思い込んでいます。結果、辞めない理由をぐるぐると回しながら会社に残り続け、残り続けることが分かった会社側は搾取に搾取を重ねます。なぜなら、辞めないと分かっているから。

Twitter上では「何で辞めないのか分からない」「こんなんならすぐ辞めるわ!」層が一定数いるように見える。しかしこの意見が言える人は、自身が置かれた環境を変えたり、言いにくいことを言ったりすることへの耐性がある人(私も完全にそっち)なので、それができない人に対して「何で!」「ありえない!」と言いたくなる。

しかし晶タイプの人にとっては、そのような言葉も「励まし」ではなく「責められている」と感じられ負担になる。そして実際にはこの晶のように「分かるー私もー痛めつけられているけどー辞めることはーできない」と思っている人が世の中の大半。まさにサイレントマジョリティ。私はノイジーマイノリティ。

だからこそ、この第一話は「こんなに頑張っているのに」「こんなに働いているのに」状態を理解してほしい、かつ「同じ職場に居続けることを否定されたくはない」という層に強烈に響いたのでは。そしてその層は静かだが数で言うと圧倒的に多い。思いっきり感情移入できる層が多いというのはドラマとして非常に強い。だからこの一連のキャラクター設定と世間の構造との関係性を含めて、このドラマは相当「うまい」と思う。

正直に言うと、この晶の主体性のない状態に共感する層がめちゃくちゃ多い状態に対してはちょっと疑問に思う。あえてきつい表現をすれば、そんなにみんな被害者ぶりたいの、とも若干思う。本当にみんなそんなに完璧なのかな。本当にそんなにみんな頑張ってるのかな。言いたいことって言わなきゃ伝わらなくない?居場所を変える勇気ってやっぱ必要じゃない?

でも、そういったきつめの視点への解、もしくは自身から生まれる自己懐疑的なものとの対峙も、ドラマのどこかで提示されることを期待して見続けようと思います。

そして辛い辛い、とはいえ絶妙に最後まで見ていられる安らぎを与えるのはクラフトビールバー。ここでちゃんと癒やされる晶と視聴者がだんだんと一体化していく。晶の辛さと安らぎ、シーンの辛さと安らぎがぴったりリンクする。上手い。特にクラフトビールバーや、それに続く鬼子母神の石畳、映像の質感が凄くいい。これぞ水田画という瞬間。

「ラブ(かもしれない)」はまだまだ見られない第一話。お仕事ドラマではないので、延々と職場環境について描くわけでもないでしょう。今後は別の視点からの感情移入ができればと期待しています。今夜も楽しみ!






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